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幾多の矢の形をした官能 (古代ローマの遺跡とプーリア州を巡る旅⑧)

2024年11月4日月曜日(三日目)
太古の墓

写真がNGであったため、
代わりにパブリックドメインの図像を。

いよいよカタコンベの内部へ。
そこは本当に静かな場所で、柔らかい土壌を削って作った長い洞穴の壁に、いくつも人が横になれそうな穴が空いていた。
穴の大きさは不揃いで、小部屋の四方に配置されていることもあれば、通路の左右に延々と並んでいる場所もあった。
道は迷路のように張り巡らされていて、行き止まりや地下へと続く暗い階段も見える。
私たちが見られるのはほんの一部なのだろう。
墓所が大木の根のように、地底へと際限なく広がる想像をする。
不思議とそれほど怖くも寂しくもなかった。

どこか地上の世界とは隔絶された空間といった風情があって、それは当時の人にとってもそうだったのではないかと思う。
それでも確かに紛れもない人の営みが感じられる場所だった。
辛く険しい現世での命を終えた後の、悠久の時間を過ごすための場所。
墓が並ぶ場所には装飾はほとんどみられない。
電灯がなければどんなに暗いだろうと想像する。

これからは魚でなく人間を取る漁師になるのだ

しばらく行くと墓所の出入り口に着いた。
入り口の上部に初期キリスト教の印である魚の紋章、イクトゥスがにかかげられている。
知っている二つの弦を組み合わせた抽象的なものではなかった。
鱗と描かれた歪なもの。可愛らしい。

ガイドの女性の熱のこもった説明からはこのカタコンベへの並々ならない思い入れが伝わってくる。研究者でもあるのではないかと思う。

聖セバスティアーノの遺体が安置されていたらしい地下聖堂へ。
聖セバスティアーノはキリスト教を弾圧していたローマ皇帝ディオクレティアヌスに迫害され、殺害された聖人である。
縛りつけられ、矢が何本も身体を貫通したが、決して死ぬことはなかったという。


もぐらが掘った穴のような道から開けた場所に出ることができ、それが聖堂らしかった。
バシリカのように長方形の空間が確保されている。

三つの霊廟のある部屋に出る。
建物の入り口のように装飾された霊廟はそれぞれ内部に壁画があり趣が異なっている。
狭い内部だが、天井には鳥が飛んでいる。永く暗い孤独な時間に耐えられるように描かれたものだという。

地上にはローマ帝国がキリスト教を受容したのちに建てられた立派なバシリカがある。

セバスティアーノの彫像にはどれも痛ましい矢の痕があった。

キリスト教徒たちは拷問のしるしに自らの受難の歴史を重ね合わせたのだろうか。
腕を縛られて筋肉を浮き上がらせながら流血している様子は痛ましいが、どこか倒錯的な官能の気配がある。
その辺りがここまで繰り返して描かれてきたこのモチーフの魅力なのだろうと思う。
三島由紀夫が自らをその聖人に擬えて写真を制作したように。

続く

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