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とある会社員、非日常への入口 ⑥
Episode 6 いじめ
次に目の前に現れた世界は、さきほどまでとは打って変わってなんともリアルなものだった。
見覚えのある子どもたち、並べられた机とイス、黒板、そして授業をする先生。
そう、ここは母校の小学校。ついにイメージした通りの世界が出てきた。
今回は私の体もちゃんとある。そして、ちゃんと小学生だ。
なぜ小学校なのか。それは私がここでやり残したことがあるからだ。
私の心が屈折し始めた小4の秋、なんとしても理想をかなえたい。これがただの妄想だとしてもだ。
ここからは先ほどのようにイメージが揺らがないよう、この世界に自ら没入していくのみだ。
色々ともっと辺りを見たいが、まずはゆっくりと深呼吸し、目の前で行われている国語の授業に集中した。
やがて、チャイムがなり、先生が授業を終えた。イメージしたわけではなかったが、時計を見る限り2時間目が終わったところのようだ。
中休みは20分間。クラスの男子半分はダッシュで校庭へ向かった。
私は自身の考えがまとまらず、そのまま20~30秒席に座っていた。
そこへ
「おい、おまえそこ邪魔なんだよ」
いきなり私の座っている椅子の脚を蹴ってきた。
吉村哲之、あだ名は「てっちゃん」。私は彼に小4の頃いじめられていた。
「やめろよ」
私は言った。
だが、そんなことで終わらないのが残酷な子どもの世界だ。
「んだとコラ」
今度は椅子ではなく、私のスネの横っちょを蹴ってきた。
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当時はいじめられながらも負けずに「やめろよ、クソてつ」と毎回言葉で応戦していたが、振り返るとこれが彼の神経を逆撫でして、さらにやられる原因となっていたと思う。
どんどん彼の攻撃がエスカレートすると、最終的に正義感の強い女子に「やめなよ、てっちゃん」と助け舟を出してもらった。
私はなんともみじめで情けない気分になるのだった。
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この世界で同じ轍は踏まない。私は誓った。
「ちょっとまって。てっちゃんはなんで俺を蹴るの?」
「邪魔だからっつってんだろ」
「いやいや、自分の席に座ってただけだし。それより俺のことが気に入らないんでしょう。なんでか教えて?」
てっちゃんは、意外な私の反応に一瞬止まった。
「…なんでもだよ。うっせーばか、死ね。」
「なんでもじゃ困るんだよ。自分では何がそんなにてっちゃんをイラつかせるのか分かってないんだ。原因があるなら直すようにするからさ。教えて?」
「はあ?……………急になんでって言われても困るんだけど、、、なんか調子こいてるっていうか、おまえいつも文句ばっかりいってんじゃん。それと勉強ができるからかしんないけど、何かと意見とか人に教えたりしてきてなんかうぜーと思ったんだよね」
「そうか。本当に自分では気づかなかったよ。それは確かにうざいわ。てっちゃんごめんね。悪気はなかったんでこれから気を付けるよ。」
「ん?ああ…へんなの。おまえなんかいつもとちがくね?ちょっとこわいわ。」
いつの間にか教室に残っているクラスメート、廊下にいた子供たちが、私たちのやり取りを傍観していた。
シーンと静まり返った教室。校庭の方から聞こえる子どもたちの笑い声とボールの地面を跳ねる音。
私の心の奥底に詰まったゴミのほんの一片が取り除かれたようだった。
続く