おそれることなど、何ひとつない
平凡で普通な人間はおそれるものなんて何もないということ
ぼんやり書いては消しを繰り返し、締め切りが迫ってきたから、何となく投稿
ここで書く『平凡』というのは特別でなはい、『普通』というのはありふれたよくあること、という意味で使うことにする
これらを『なんぞや』ってやり出したら夜を明かしちゃう事になるんだから
会社にいるとき以外はほとんどの時間をひとりで過ごすので、周りの人々がどんな生活をして何を思って生きているかを知る機会がすごく少ない
友だちもほぼおらず、恋人もいない、近くに住む年老いた両親ともほとんど会わない
面倒くさくてややこしい性質なので、ひとりになりがちだし、あれこれ考えすぎてしまって伝えきれず持て余してしまうので好んでそうしている部分もある
変わり者だから仕方がないとも思っていた
可愛らしい小悪魔的な不思議ちゃんともキャラが違うし、見た目雰囲気3枚目の中身がネクラというだけでミステリアスな雰囲気でもないし、どこにいても自分とは違う誰かを見ているような心地がする
そこで、良い場所見つけた、とばかりに、趣味・好きなもの・続いている事・得意な事・関心のある事なんかを毎日書いてみたりする
書けば関連してあらわれる”関連記事“の多さやその深さなんかに驚かされる
趣味への思いや熱量
コーヒーやビールを楽しむひととき
音楽の話
筋トレや食生活など気をつけてるっぽい事
甘いものの話
本や映画の話
お散歩の記録
お掃除の事
卑下したり落胆するという事ではなく、私のは本当にありふれた事ばかり
あれ?これ私?みたいなのもある
同じような事を思い、過ごしている人なんてごまんといる
沢山の人に読まれているかそうでないかの、小さいような大きい違いはあれども
何なら趣味も近頃はあんまり頑張れてないし、何に関してもこだわりというほどのものが無い
同じ事について書いているように思えても、広くて深くて詳しくて勉強熱心でわかりやすい文章、ユーモアや愛に溢れる文章、心根の優しさを感じる美しい文章、面白い文章を書かれる方の多いことにびっくりする
好きの熱量はある方だと思っていたけれど、それもまあ人並みだと気がつく
自分の世界の小ささや心の狭さ・歪みも併せて思い知る
浅いし、書かなければ良かったかなというようなものもたくさんあるけれど、自己満足と記録がてらほそぼそと書き、関連記事を読んでみて学んだり、ありがたくもこんな片隅の投稿にまでコメントを頂いてそこから学んだり、学びが多い
私が見聞きし、知る、生きる世界というのは本当にごくごく限られたほんの一部なのだということに気づく
喜び・楽しみ、また悩みや後悔や心配事も、ある限られた世界での出来事なんだと思うと良くも悪くも視界が変わる
偏っていて、世間からのはみ出しもののような気持ちで生きてきたけれど、全然そんなこともなく、至ってごく普通の、平凡な人間だと安心する
それと同時に、必要以上に人に迷惑かけたり気分を害さないように気を付けなければいけないけれど、変わり者だから嫌われるとか、友だち・彼氏がいないということは別の問題だということも学ぶ
学ぶということと、それを踏まえて変わる事が出来るかどうかということも別の問題だということも学ぶ
そこは自分次第
広げる・繋がるということに重きを置かない私のnoteライフについて、ちょっと書いては消しを繰り返す
するとスキやフォローに対しての様々な考え方や、noteの使い方なんかが『今日のあなたに』とかにあらわれ、また揺さぶられる
どんな仕組みなん?
安定の不安定・規則正しく不規則な私は、揺さぶられるくらいで、まあええか
読まなきゃスキは出来ないし、そんなに沢山読めないし、今のところ、これが私の精一杯のペース
そう考えると、こんな普通の日常を書く拙文を目にしてくださったりする方に、感謝と敬意を感じずにはいられない
そう思えば思うほど、一時の混乱と感情を抑えられない自分の取った行動も『学び』として忘れてはいけないとあらためて思う
世間知らずでいつもひとりの未熟な私は、noteという場所で読んで・書いてをはじめたことで出来た初めての新しい”人との関わり”からこんな色々を学びつつある