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渋谷で好きな桜が撮れるまで
これまで写真集というものをほとんど読んできておらず、手探りでアレなのだが、写真を撮るときは自分なりに、なにか街や人のイメージを表現したいと考えている。
先日桜を撮りに行った渋谷でも、ただ桜を綺麗に写したいというより、「この街に桜が咲いていること」そのもののイメージはどんなだろうと考えながら歩いた。
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屋外で普通に撮った桜。ビルの間を流れたり舞ったりし、自然物の荒々しさを感じる。いい写真はいい写真だが、なにかが物足りない。調和性がないというのだろうか、桜そのものの躍動感ばかりが目立ち、街の方が置き去りにされて居心地が悪く感じる。もっと街と桜を調和させた写真が撮りたかった。
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東急不動産のどデカいビルに入り、どうみても無粋としか思えない窓ガラスのデザインを前に、なんとかそれを桜と調和させてみる。窓の装飾や人影が手前にあることにより、奥の桜の生き生きとした感じを強調できたような気がする。
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このあたりは歪みや圧迫感、閉塞感といったものが前面に出ている。窓ガラスや建物の素材がつくりだす歪みで画面全体を満たし、桜の占めるパートを限りなく狭めていく手法。桜もどこか現実感がなく、夢のなかの漂流物のようだ。そうやって桜を非現実的なものとして配置することで、歪んだ都市空間みたいなものを象徴しようとしたのだろうか。つまらない作為に思えるけれど、都市空間はたぶん、この日の重要なテーマだった。このビルを筆頭に、渋谷では歪な開発が施され、今もされ続けている。そんな街で桜が咲いているということについて、批判とか迎合とかではなく、なにかしらのイメージをつかみたかった。
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転機になったのはこの一枚。自動ドアのガラス部分と金属部分という二種類のリフレクションがあり、後者が前者から際立つことで、まるで金属のなかにもう一つの桜が存在しているようなリアルさが生まれている。僕はふつうに正面から撮った桜より、この金属部分の桜が一番リアルだと思った。その一方でさっき言った非現実感、「夢の漂流物」といった感じもこの桜にはある。この奇妙な感覚に出会えたことで、この日は「渋谷の街に咲く桜」のイメージを掴めた感があった。
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渋谷の桜は、地面に根を張ったザ・自然物というより、夢をなかを所在なく流れていく柔らかな泡のようだ。だがそれこそむしろリアルだと感じるのは、この街そのものに現実感がないからかもしれない。人生の大半を東京で過ごし、「地元」というものを持たない僕の心性も、いくらかは投影されているだろう。ともあれ、この無重力空間を流れる河のような桜を見つけたとき、好きな写真が撮れたと思ったものだ。
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