【コント(13)】『遠回り(10)』
(葬式場。お坊さんが木魚を叩いている)
「かんじーざいぼーさつ……」
「……」
「……幹事―がー忙殺、ギョウジャニンニク、ハラミー、モツガツ、ハツ豚トーロ」
「? なんか焼肉の名前のような」(この間和尚はしょーけんごーうんかいくう……と普通に般若心経を詠む。周りの人は俯いて泣いている)
「ナーマージッポンウーロン茶―……」
「え? 今ウーロン茶って言ったような…」
「壇蜜、壇蜜」
「ちょっとお。今、壇蜜って言いましたよね」
「色即是空! 静かになされい!」
「か、神沢さん。やっぱりあんたですか。なにやってるんですか」
「私は大僧正の皆空です。仏様の御前ですからね。あまりふざけないように」
「はあ」
「ああ、しきふーいーくー。空腹だーぜー空腹だー。わたしーばっかりむーなーしーいー。かんじーなんかやっとられんぜー。しゃーりーテンプル。カシスソーダー」
「あのですね。さっきから焼肉屋で幹事が四苦八苦しているような気がするんですけど。ちょっと神沢さんって」
「夕食寺の、皆空です」
「この前はお医者さんやってませんでしたか? 今度は坊さんなんですか」
「たくさん人が死んだんで、今度は死体の面倒を見ようかと思ったまでですよ」
「たくさん死んだって、まさかあんたの医療ミスのせいじゃないでしょうねえ」
「そんな。なにを言っているんですか。わざとじゃありませんよ」
「わざとだったらお縄にかかりますねえ」
「里中さんは死ななかったでしょうが。私の処方した薬のお陰で」
「怖くて飲みませんでしたよ」
「喝!」
「なんですか突然大声で」
「そもさん」
「またなんか始まりましたね。なんですか」
「そもさんといわれたら、せっぱ、と応じるんですよ」
「ああ、禅宗だったんですか? それ、葬式でやる必要があるんですか?」
「喝!」
「だから大声を出さないでくださいよ。びっくりしますから」
「そもさん!」
「……なんか、答えるまで先に進まなそうですね。みんなから注目されて、これ、どうしたらいいんだか」
「そもさ……」
「はいはい、やればいいんでしょ! せっぱ」
「高いのに低い。さてなあに」(木魚をポクポク鳴らす)
「そんなもんありませんよ。完全な矛盾じゃないですか」
「未熟者め。修行しなおして参れ」
「私は修行僧じゃありません」
「答えられるまで、断食の修行を課す」
「だからそれにつきあうつもりはないんですけれどね。じゃあなんか答えますよ。高いのに低いもの? クロちゃんの声とプライド」
「………………………………………………………………あ、正解」
「昔のクイズ番組みたいにずいぶんためましたね。答えられそうにない問題を適当に出しておいて、また自分ではなにも考えていなかったでしょう」
「そもさん!」
「だから……」
「そもさん!!」
「はいはい。せっぱ」
「大きいのに小さい。これいかに」(木魚を鳴らす)
「……………………………あの、変な叩き方するのやめてもらえますか? ただでさえ集中しづらいんですから」
「(叩くのをやめず、調子を合わせて)あ、そもさん、せっぱ、これいかに」
「はいはい判りました。大きくて小さいもの。あなたの態度と人間性」
「う、うまいねえ」
「あなたも自分のことを認めましたか。さあ、もう無責任な出題はやめ……」
「態度は控えめなのに人間が大きいと。いいことを言いましたな。悟りが近いですな」
「あなたも早く悟ってくだいねえ」
「尊くて優れているもの、だあれ」
「……ハァ。神沢さん」
「いやあ、照れますなあ」
「皆空和尚ではなくてやっぱり神沢さんでしたねえ」
「南無阿弥陀佛!」
「宗派をごっちゃにしないでください。浄土真宗なら般若心経は詠みませんよ」
「え、そうなの? 里中さん、仏教にくわしいですねえ」
「あなたはくわしくありませんねえ」
「………………ねえ」
「ねえじゃありませんよ」
「あー、さっきのは般若しんきょうではありませんよ」
「はんにゃしんきょうじゃなくて、はんにゃしんぎょうですけれどね」
「ええ? くわしいですねえ」
「あなたくわしくないですねえ」
「とにかくさっきのは般若心ギョウ! じゃないから、問題ないのです」
「なにが」
「だから南無阿弥陀仏といっしょにしても。はんにゃしんギョウ! じゃないんで」
「いちいち ギョウ! って強調しなくていいですよ。じゃあ、さっきのお経はなんだったんですか」
「ハニーノシンキョです」
「なんですかその、ハニーノシンキョって。愛人の家みたいな名前」
「ハニーはもちろん壇蜜で」
「葬式の席であまり不届きなことを言わないようにしてください」
「あなたね。壇蜜というのは捧げもの、という仏教用語なんですよ」
「そうなんですか? そこばかりは詳しかったですねえ」
「ええ。週刊チョメチョメの独占インタビューで読みました」
「ろくなもん読んでいませんね。あと、浄土真宗ならそもさんせっぱはやらないんじゃないですかね」
「(急に悟ったような声で)凡夫らよ。彼岸にて、涅槃に至るべし」
「あ、始まったよ。今度はお釈迦様かなんかだよ」
「そこな凡夫よ」
「ハア。私ですか?」
「(半眼で、ゆっくりと)そもさん」
「けっきょくいつものお遊びじゃないですか」
「そもさん」
「せっぱ」
「近くて遠く、遠くても近いもの、なあに」
「荒羽駅」
(神沢、感心する。そこでチーンと鳴る)
〈了〉