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【コント(32)】『遠回り(29)』
(二人は潜水艦で海の中を移動している)
「……ハァ」
「里中さん。最近愛想がないか、口が悪いかのどちらかですな。つまらないですなあ。いや、その気がないなら無理には付き合わせませんよ。悪いですからね。どうぞ。お帰りくださってもけっこうですよ」
「深海ですね。ずっと以前は偽の海でしたが、今度は潜水艦で、これじゃあ帰りようもないでしょう!」
「ちょっと、里中さあん。帰りたいと言ったり、帰りたくないと言ったり、めんどうな人ですね、あなたは」
「帰りようのないときに帰れと言う。本当に面倒なあなたのほうが消えてくださいよ」
「今からですか」
「ええ、ええ、そうですよ。今からずっと消えてください」
「(ナレーション風に)そう言われ、神沢様はあなたの前から消えた。そうして十年の月日が過ぎ去った。里中は夕日を見つめながら『ああ、神沢様が懐かしい』と嘆いた。彼は消えてと言ったことを後悔……」
「しませんね。なに言ってんだか」
「……パラパパッパパー(床を掘ろうとする)」
「カプセルは掘り出せませんよ。こんなに固い床なんだから。まあ掘るふりをするのは勝手ですけれど」
「あ、こんなところに何かが出てきそうなものがありますな。パラパパッパパー」
「ちょっと。ハッチでしょ! やめなさいよ」
「勝手にやっていいって言ったのは里中さんですよ。私は約束に従っているだけですよ」
「この水圧でハッチを開けて、生きていけると思います?」
「ははは。いやあ」
「まあ、この水圧で、ハッチを外側に開くことはできないんですけれどね」
「里中さん。ちょっと性格が悪いですねえ。そういうのやめましょうよ。しかたないですねえ。では奥の手を出しますよ? ここはもうアレで」
「え? バルス? やめてくださいよ」
「里中さん、惜しい」
「あ、アレか?」
「パラパパッパパー。はい、バルサン!」
(白い煙が充満して周囲が見えなくる)
「ゴホッ、ゴホッ。またかあ! くそーっ。神沢このやろー! このー! ゴホッ。ああ、神沢どこに行きやがった。どこに……。
あれ? 消えた。イリュージョンか。はあ。やっといなくなった。せいせいした。
海ねえ……油断はできませんけれどね。もしかしたらここは本当に海の中かはわからないし。どっちにしろ大掛かりだな。いったいどれくらい資産を持ってるんだか……
でも綺麗だな…………
あれ? これどうしたらいいんだろう。俺、潜水艦の中で一人きり?
やばい。この潜水艦、どうやって動かしたらいいんだ? ここがどこの海域かもわからないし。酸素もどのくらい持つんだろう……
いやいやいや。これは神沢さんの罠だな。寂しくさせておいて、神沢さーん、出てきてーとかでも言ったら出てくるパターンじゃないですかね。ほら、私がいなくてさびしかったでしょう、とか言ってね。
そんな手にはひっかかるもんか。こうなったら意地比べだ。ぜったいにさびしがってやるもんか。だいたいここが本当に潜水艦の中ならば、逃げられるわけがないんだから。どうせそこらへんに隠れているんでしょう。
そうだ。いいことを考えた。
神沢のばーか。神沢のうんこー。あの人きっと小さい頃にそういう風にいじめられたんじゃないかな。いかにも嫌われそうな風貌だもんな。だからこんないたずらをするようになっちゃったのかな。そういういじめられなれている人が、どう言われたら気にするかね。お前のモノマネへーたくそ! とかね」
(背中側の窓の向こうで、神沢が潜水服を着て泳いでいる)
「ん?(振り向く。神沢は死角に消えている)
なんかこの辺から気配を感じたんだけど、こんなところには隠れられないか。いいや。
神沢のワンパターン! お前のいたずらは驚きのかけらもないぞー
……リアクションないねえ」
(別の窓の向こうで、神沢が泳いでいる)
「あれ?(神沢隠れる)なんか変な感じだなあ……いや、神沢は絶対にどこかにいるはずで、きっとどこかに隠し扉か何かがあって、その奥で息を潜めているはずで……」
(神沢、背中側の窓の向こうに現れ、声は聞こえないが「里中うしろー!」と口を動かして指をさす)
「(振り向くと神沢が消える)気のせいか、里中うしろー、と言われているような」
(前を見るふりをして、もういちど背中側の窓を見る。飛び出してきた神沢が見える。神沢が、あ、と言っているように見える)
「(一度呆れたをしてから)あ、神沢うしろー!」
(神沢、その手はくいませんよー、という口の形をして振り向かないが、巨大なタコが彼の後ろに迫っている)
〈続く〉