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彷徨う”青いビーチサンダル”を探してよ。 #リライト金曜トワイライト

 同じ鋳型を何度擦り合わせても重ならなかったのか。それともあの日二人は違う夕景を見ていたのか。ずっとそんなことを考えてきました。別れた理由は思い出せないままーー


 波音が大きくなるとともに、車が軽くなりました。重力に委ねてアクセルを踏む力を抜きサンルーフのスイッチを押すと、よそよそしかった空気も潮風にかき消えました。あの日は、海鳥が高く飛んでいました。


 iPodは無い時代、円盤のようなCDプレイヤーはよく音飛びしました。

 エンジンの回転が止まります。とたんに助手席の扉が開かれました。

 僕は左肩にショルダーバッグ、右肩に急遽ホームセンターで買ったビーチ用の椅子を引っ掛けます。腰に巻きつけた上着から白いスラっとした脚が垣間見えます。ビーチサンダルが千鳥のように足跡をつけていくその後を追いました。


「『月刊 釣り人』に載っていそう」

 振り向きざまの笑い声に、浜の静寂が破られました

「え?」

 急に耳打ちをされ、僕はバランスを崩しかけました。 

「赤銅色の麦わら帽子、なんて絵に書いたようじゃない」

「ああ」

 先ほど傍を過ぎてきた、止まったように佇んでいたお爺さんのことのようです。

「あたしは青にしちゃった」

「ああ、サンダル。いいですね」

 いいです、か。と、たしか笑ってつぶやきました。気に入っていたわけではなかったのでしょうか。


 香ばしい熱風が漂います。サザエでしょうか。それを焼いている漁師小屋の先の小高い場所に、お友達の別荘はあります。二階の窓から誰かが手を振っています。それに応えるように、駆けて行きました。


 出会ったのは、『KANON』という女性誌の覆面座談会でした。彼女はその雑誌を発行する神保町にある大手出版社の契約社員でした。『IKEメン・グランプリ』と、『新社会人カップルコーデ』というコーナーを担当していたということをよく覚えています。

 『覆面座談会シリーズ・ここだけのハナシ』という企画の初回で、たしか「広告代理店新人くんにキク!」というタイトルでした。白井という同期からの頼みで出ました。青田刈りで刈られた仲間には、一芸に秀でたヤツ、変わったヤツが多くて面白かったので、なにか頼まれたらすぐノッていました。

 座談会は一時間少しで終わりました。アンケートを記入する間、壁際でカメラマンと話している女性がいました。ストレートの髪に力のある顔立ちでした。業界の用語を散りばめ、雑誌のレイアウトを想定した注文をいくつもつけていました。こちらを一瞥して、また打ち合わせが続きました。

 謝礼を受け取る際、彼女が僕にむかってきました。

「原稿の確認の連絡をするので、自宅の連絡先をお伺いしたいのですがFAXはおもち……」

 ありますよ。そう返事をした時、彼女の頬が緩みました。それで意外と可愛いなと感じたのです。濃紺のブラウスから覗く白い腕も印象に残りました。

 翌日、FAXが流れて来た直後に電話がありました。原稿の確認が済み、電話を切ろうとした時

「突然ですが、ウナギ食べに行きませんか」

 友達の結婚前のお祝いで、みんなと別荘に泊まるので、一緒に行きませんかという話でした。

 メンバーは、彼女の高校時代の親友と、結婚する彼氏。そして彼氏の会社の後輩カップルでした。

「黒陶コーポレーションっていう倉庫会社の社長の息子なんですよ」

「ああ、じゃあお金持ち……」

「そうなんです。美術館とか持ってる家系。庭もゴルフ場みたい、って。あ、あと、東欧広報の部長で」

「ええ、東欧?ライバル会社だけど、大丈夫ですかね」

 だからよいのだということでした。昨日の今日で僕を誘うなんて度胸あるなぁと思いましたが、補欠要員であるかも判りません。

 システム手帳を開き、その休日が空いていることを確認しました。

「ウナギは美味しそうですね。じゃ。クルマ出しましょうか」


 タレで焼いてあるウナギは、口に合いませんでした。なんと言いましょうか。今風に云えばヴァイブスが合わない。気に入らないものは受け付けません。実のところ、親友の彼氏が合わなかったのだと思います。昔から、学校とか会社名とかを言う”ダサい人”がダメでした。

 雲と波が染まるのをデッキで眺めていると、彼女も出てきました。二人で学生時代の事、親友の事、シゴトの話をすると、僕はいつしか彼女の調子に合わせ、大笑いをしていました。


 風が凪ぎます。


 ワイシャツの袖をまくりました。彼女の親友も、彼氏も、その部下と彼女も、リビングに居ませんーー肩が触れました。

「....…お酒とってこようかな」


 鈍感と言われたら身も蓋もないのですが、それまでてっきり、男同士の部屋で寝るものだと思っていたのです。合宿所みたいに。だって、それまで食事したこともない。デートという雰囲気でもなかった。原稿をFAXしてきた電話の次がココなのですから。

 蚊取り線香と、氷に浸けてあった酒と、ピスタチオが、互いに何時間も見つめ合って笑い合える魔法をかけていました。親友が長く病気だった話。おウチが大変なこと。シゴトはたのしいけど、徹夜が大変なこと。他社の憧れている編集長から引き抜きの話が来ていること。いまの会社では契約社員であること。迷っていること。大好きな先輩が亡くなったこと。


「こっちの方が辛口で美味しいよ」

 分厚い色付きの小さなグラスを二人同時に空けます。

 お酒は、辛口ではありませんでした。冷たさが喉をかけぬけると、さわやかな甘みが立ち昇るのが感じられました。

 彼女が唐突に小さく笑い出しました。頬が染まっています。僕は彼女と同じほうを向きました。


 流れ星の見えるのが長く感じました。冷たい手が重なってきました。


「ん」

 とっくに起きていたのですが、朝、肩を噛まれて、その時目覚めたことにしました。

「大丈夫。ただのマーキングだから」

 ガヂ、と声に出して、もう一度同じことをしてきました。

 僕がメガネをかける間に、彼女はうつ伏せになりました。

「彷徨っているの」



 まっすぐに帰らず、長時間のドライブです。

 地元のカップルが集まっているような場所を見つけては訪ねます。太陽が山の陰にかかり始め、サンルーフを閉めると、車内が静まります。まくっていた袖を戻す間に、雨が窓ガラスを打ち付けます。

 夕方のビーチを歩くのをあきらめると、彼女が不意にこの道を曲がってみたい、などと言うようになりました。

 やがて雨はやみます。


「高速に乗ったら降りられないね」

「え?ああ、トイレ?」

 いや、と彼女は一拍置いた後、

「お土産買おう」

 すっかり暗くなった空の下、小さな売店を見つけ出します。

 真っ先に目に入ったメロンを買ったとき、背後から弾ける音が鳴りました。花火です。



 夏が終わり、秋が過ぎて、冬が来る。クリスマスは二人ともそれぞれの会社で新しい企画に打ち込んでいました。働いて、働いて、働いていました。


 問うたほうがよかったのは、付き合った理由のほうかもしれないなーー


    *           *            *


 きっと、あなたは走り続けているんだろう。たぶんもう、どちらかを向いて。

 僕も走り続けよう。流れ星と花火を呼び起こせば、つかの間は笑顔になれるから。


こちらへの参加作品です。


原作者ご本人は作品に粗があるとでも思っていらっしゃるのか。なら天衣無縫とは呼ぶわけにはいかぬのでしょうが、いやいや、優れていて手のつけようがありません。そもそも優れた書き手の作品に粗があったとして、それはもはや魅力的な部分でしかないのです。ゼロから書くなら30分で書くかもしれませんが、リライトはとにかく大変でした。

90年代のコカ・コーラのCMのテイストということで、動画は何度も観て、赤い缶のコカ・コーラを飲みながらリライトしました。
CMというものは音と映像から成り立ちますが、コカ・コーラが伝えたいものは喉越しやさわやかテイスティーであることです。また主人公の一人称の表現から、体感重視の感性の人かな、と思って、視覚に関する表現を少し削ぎました。視覚的には、いくつか色を点々と配置しました。

オリジナルはいちばん下に載せますが、いちばん重要な行はどこかと考えました。最後の”だから僕も走りつづけよう。あともう少しだけ。”ではないのではないかな、文字通りには、と思いました。”彷徨っているの”という余韻を残す一文だと思います。

二人は似ていない、と思いました。実は主人公も彷徨っていますが、その対処にズレがでます。牽引していく彼女と、成り行きに乗る彼と。

一夜を共にするのは、ありです。そこまで彼女を動かしたのは、それなりの事情があったと思います。親友の彼が、元彼かもしれません。彼女は仕事を選んだ、そこにも迷いがあるのかと思いました。

ちなみに、翌日は夜の描写があるので、長い1日を過ごしたことになります。私は、花火を見るまでの間に、もう一度ホテルでベッドを共にしたと思います。




#リライト金曜トワイライト



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