【コント(5)】 『遠回り(4)』
「……(ボソリと)疲れましたねえ」
「あなたのせいですけどね」
「(崩れ落ちる)み、水をくれ……」
「私だって飲みたいですよ」
「(なにかを言っている)」
「……え? なんですか? 大丈夫ですか?」
「(かすかに叫んでいる)」
「なんですか?(耳を近づける)」
「アニーター!」
「さよなら」
「ああ、見捨てないでください。こんな砂漠で、見捨てないでください」
「こんな砂漠で、ネタなんか言わないでください」
「水をくれ!」
「ありません」
「じゃあお湯をくれ」
「お湯だってありませんよ。あったら私だって飲みたいんですから」
「じゃあ仕方ないから僕はウーロン茶を飲みますよ」
「あるんじゃないですか!ちょっと、この状況で、一人で飲まないで」
「(声色を変えて)砂漠のジニーも飲むよ」
「結局あなたでしょう。私にも飲ませてくださいよ」
「ふふふ、ただでというわけには行きませんよ」
「こんな状況で、足元を見るなんて、ひどいヤツだな」
「(ジニーの声と両手を上げたポーズで)これから3つの願い事を叶える〜」
「はあ? なんですか?」
「だからジニーが、(ジニー)これから3つの願い事を叶える〜」
「頭痛がしてきた。あなたとの遊びにつきあえば、ウーロン茶を飲ませてもらえるってことですね。はいはい。これっきりにしてくださいよ、もう」
「(ジニー)願い事を言え〜」
「大金持ちになりたい」
「(ジニー)一つ目の願いは叶った〜(間をおいて)もっと現実的なことを言え〜」
「現実的なことって、なんですか!それならウーロン茶を飲ませてほしい、ですよ」
「(ジニー)二つ目の願いは叶った〜」
「あと、砂漠からも出たいけど」
「語尾に「神沢さま」とつけろ〜」
「あの、あなたジニーじゃないんですか? そこんとこはっきりしてくださいよ」
「(ジニー)「神沢さま」とつけろ〜」
「はいはい。もう、悪ふざけはやめてください」
「(ジニー)最後の願いがだめだ〜」
「まずは早くウーロン茶を飲ませてください。飲みますよ」
「あたしがいいって言ってないのに、勝手になにするんですか」
「今ジニーの声で、願いは叶ったって言ったでしょ」
「叶いましたよ。たしかに」
「だったらふざけるのはやめて、ウーロン茶飲ませてくださいよ」
「だから、願いは叶ったってのはそんなことじゃないんですよ」
「ああ、なーんだ。よくありますよね。こういう話。あれでしょ。私が、「これっきりにしてくださいよ」とか、「そこんとこはっきりしてくださいよ」とか言ったやつ。あれも願いに入る、とか言って叶えてほしい願いを叶えてくれないってやつでしょ。古いなー」
「あ、違いますよ」
「じゃあ叶えてくださいよ」
「荒羽駅はですね、ちょっと待ってくださいね」
「今さら荒羽駅じゃないですよ。だいたいどうやったら道に迷って砂漠にたどりつくんだかね。いや、いいですよ。荒羽駅でも。ここから脱出できるんだったら。願いを叶えてください」
「(ジニー)すでに叶った〜」
(殴る)
「ちょっと、痛い。なんてことしてくれるんですか」
「なんにも叶ってないでしょ」
「叶ったでしょ」
「どこがですか!」
「「願いを言え」と言ったらあなた言いましたよね。「もっと現実的な願いを言え」って言ったら、またあなた言いましたよね。最後に、「神沢さまとつけろ」と言ったのだけはまだ叶っていませんかど」
「それ、あなたの願いを私が叶えたんじゃないですか」
「(ジニー)叶えたんです〜」
(殴る)
「それ、むかつくからやめて。とにかく水飲ませてよ」
「水じゃないもん」
「ウーロン茶!」
「はいはい(自分で飲んでしまう)」
「ああー!全部飲んだ。このやろーもういい、私は行きます。太陽を手掛かりに、時計の短針を合わせて、十二時と短針の真ん中を……こっちが南だ」
「ほうほう、あなたはそっちが南だとおっしゃる」
「無視」
「そっちは北ですよ」
「あたしは太陽を見て方角を判断したんですよ。少なくとも北ってことはありませんよ」
「絶対に?」
「え? あ……それは……もしかしてここは南半球だというんですか?」
「そうですね」
「信じられませんね」
「こちらが北です。私は方角を知るためのあらゆる方法を知っています」
「そのセリフ、前も聞いたことがあるような気がしますけれどね。ではこちらが北だという根拠をお聞きしましょう」
「夜、北極星がこちらにありましたしね」
「南半球で北極星は見えませんね」
「いや、えーと、オーロラがちらっと見えましたね」
「オーロラは北極でも見えますね。この緯度では普通見えませんし」
「シロクマが見えました」
「シロクマがいるのは北極ですね」
「あんたなんでそんなに物を知ってるの?」
「あなたはなんでそんなに物を知らないんですか」
「冷たい、北風が吹いてきましたね」
「南半球では南風のほうが寒いですね」
「暗い、『北の国から』が流れてきましたね」
「ここ、電波は流れてこないでしょうね。あと、「暗い」は余計ですね」
「南沙織と南明奈が見えました」
「じゃあ私は北川景子と堀北真希が見えました」
「あ、趣味がいいな、あんた」
「どうでもいいですね。ほんとにどうでもいいですねさよなら。もう全部自力でやります」
「ああ、置いてかないでください。寂しいでしょう」
「寂しいとか以前に、これは生き死にの問題ですよ。本気でやってください!」
「(しゅんとする)」
「……」
「どうせ私は寂しい人間ですよ」
「あ、参ったな。神沢さん、そんなにいじけなくても。ちょっと言い過ぎました」
「ああ、今頃日本の我が家は、どうなっているだろう」
「ああ、そうですね。私も気になります。神沢さん、ご家族を残してきたんですか? それは心配されているでしょうね」
「ああ、気がかりでならない」
「たしかにそうですね」
「ああ、気がかりだ、思い残すことが」
「神沢さん。大丈夫ですよ。必ず一緒に帰りましょう」
「ああ、『ドクター倫太郎』のビデオ予約、ちゃんとしてきただろうかああ……」
「殺してもいい?」
「ああ、そんなに怒らないでください。大丈夫ですよ。たしか予約しましたから」
「どうでもいいんですよ、そんなこと。本気でやってくださいよ。そもそも帰れないと、録画してあったってドラマは観られないんですからね」
「分かりました。この神沢、真面目にやります。九時までにはうちに帰り、録画じゃなくドクター倫太郎を観ます」
「それが動機ですか。ま、いいでしょう」
「う、(突然倒れる)」
「どうしたんですか、神沢さん、おい、神沢さん、神沢!」
「…夏を…英語で…言うと…」
「サマー?」
「いま……言った」
「は? あ、神沢、サマー?」
「(ジニー)願いは叶った〜」
〈了〉
遠回り(2)はこちら
遠回り(5)に続く。
Ver.1.0 2020/7/24
Ver.1.1 2022/10/8