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【有料:#心灯杯 落語とそのメイキングです 】

有料の方は、メイキング映像のリンクを観ることができます。先にそちらを観てから落語を読むというのが、落語がゼロからできる過程を感じることができて面白いかもしれません。


「見返り」「過去」「増えるツンデレ」で三題噺を作る企画に参加しています。


古藤「ハア」

遠藤「おい、古藤。なにやってんだよ。レジに行けよ。さっきのクレームはもういいだろうからさ、気をとりなおせよ」

古藤「ハア。もうダメだ…」

遠藤「なにがダメなんだよ」

古藤「あそこに真善美さんが来ているだろうよ」

遠藤「真善美さん?ああ、先日の合コンで出会って気に入ったっていうK大の哲学科の?へえ、友達連れとはいえ、わざわざお前のバイト先に来てくれるとは、脈あるじゃん」

古藤「ちょうど入ってきたタイミングだったんだよ」

遠藤「なにが」

古藤「だからあの、パスタに髪の毛が入っているって言った女だよ。今レジにいる」

遠藤「お客様と言えよ」

古藤「パスタに入っているのがあの女の髪の毛だって分かっても不機嫌なまんまだったんでよ、俺、食後のコーヒー持っていくときに、何も言わずにドンって置いてきたんだわ」

遠藤「まあ、それくらいは仕方ないだろ。早くレジ行けよ」

古藤「それでさあ、そのタイミングだよ。ちょうど真善美さんたちが入り口に入ってきたところだったんだわ。だからそれ以前の様子を見ないで、俺が黙ってコーヒー置くところだけ見られたんだよ。その直後に彼女と目があって、なんか引いてたもん。嫌われたよお」

遠藤「あー、そういうことか。だったら、最後だけでも優しくしろよ。な?それで挽回できるかもしれないだろ?」

古藤「ハア。…はい。お待たせしました。あ、1290円ちょうどですね。はい。またぜひお越しくださいね」(真善美のほうを伺いつつ)


(ロッカールーム)

遠藤「お疲れー。さて、古藤。あがろうぜ」

古藤「ハア。じゃ、失礼しまーす。(外へ歩き出す)今日はさんざんだったな」

遠藤「なに、またいいことがあるさ。ほら、コーヒー。奢りだ」

古藤「ん。ハア」

遠藤「よし、古藤。こういうときは川に行こう」

古藤「なんで」

遠藤「荒川に向かって石をなげるとか、なんか青春だろう」

古藤「なんだよ、それ。またオンラインサロンの『意識タカイタカーイ』で吹き込まれたのか」

遠藤「いいじゃねえかよ。なんか気が晴れるよ、な」(古藤を引っ張る)

古藤「ハア。真善美さん、最後まで顔がこわばっていたよ。客に愛想の悪い店員なんか、好かれるわけないよ」

遠藤「まあなあ…ほら夕日が綺麗だろう。(石を拾って川に投げる)」

古藤「ハア。だからその、石を投げるっていうの、なんの意味があるんだよお。石を川にくれてやったって、なんにも返ってこねえじゃねえか」

遠藤「お前さあ。見返りばっかり期待してどうすんのよ。あんな、世の中にはgiverってのとtakerってのがいるんだよ」

古藤「なんだそのgiverとtakerってのは」

遠藤「与える人と、貰う人だよ」

古藤「断然貰う人のほうがいいな」

遠藤「そういうのが不幸の元なんだって。俺の知っているさや香って娘なんか、noteで他人に好きしまくっているし、頼まれなくても他人の記事を宣伝しているし、サポートや企画までしているよ。江戸時代なんか、川に橋をかけたのはお上じゃなくて、金持ちの篤志家だったんだ。そういう善意の人こそ幸せなんだよ」

古藤「俺、思うんだけれどさあ。日本もチップの習慣を導入したほうがいいよ。だってスマイルがタダってんじゃあ、笑い損だろう?」

遠藤「お前俺の話、聞いてたか?」

古藤「お店のミーティングでもそう提案したんだよ。今、客足が途絶えているからさあ。店長も何か新しいことをしようと必死じゃん。高いチップをもらえればサービス向上につながるし、チップの少ない客にはかける手間を減らせるし」

遠藤「そういう発想がすでに女性に好かれないと思うけれどね。とにかく真善美さんはもう諦めて先に進んだほうがいいな。あ、そういや、これ渡すの忘れてたわ。はい」

古藤「なんだよ、これ」

遠藤「お前が貸せって言ったんだろ?カントの本を」

古藤「カントってなんだ?漫画?いや、なにこれ。読めんわ。帯見ただけで意味わかんねえ」

遠藤「ドイツ観念論の本を貸せと言っていただろうが」

古藤「ああ、もういいんだよ。真善美さんがそのお、『関東のドイツカンネロ』っていうのをやっているって言ったから、「関東のドイツ」ってどういうことかな?と思ったけれど、俺も「ああ、俺も好きです」とか言っちゃってさあ。だけどこれは読めんわ。今更手遅れだし」

遠藤「なんだよ、見栄を張ったのかよ。そういうのよしたほうがいいんじゃないか?どうせまた医学部って…」

古藤「おい、あれなんだ?」

遠藤「ん?あ、人がうずくまっている」

古藤「ああ、そのようだな」

遠藤「行った方がいいよ」

古藤「なんとなく怖そうな雰囲気の爺さんだな。関わらないほうがいいんじゃないか」

遠藤「そんなこと行っている場合か。顔が白いぞ」

古藤「助けたら、なんかあるかな。「ぜひウチの娘を貰ってくれー」とか」

遠藤「そういうことじゃないだろ。(駆け寄る)大丈夫ですか」

男性「…(小声でうわごとを言う)」

古藤「あれ、待てよ?もしかして。もしもし。もしもし。もしかして、糖尿病じゃないですか?(反応を見て)あ、僕の缶コーヒー、飲んでください」

遠藤「俺が奢ったやつだけどな。でも缶コーヒーなんかより救急車を呼んだほうが…」

(古藤コーヒーを飲ませる。男、みるみる回復する)

男性「…いやあ、助かったよ」

遠藤「え?すっかり元どおりだ。もう大丈夫なんすか?」

男性「時々低血糖発作になるんだ。当分さえ充分に取れればすぐに回復する。でもまさか散歩中になるとはな。君の判断が適切で助かったよ。君は医学部の学生かなにかか」

古藤「ああ、そうです」

遠藤「え(呆れる)」

男性「ハッハッハ。そうか。ではぜひ君たちにお礼がしたい。なにがいい」

遠藤「お礼って…急に言われても思いつきませんし。こういうときはお互い様で、見返りは求めていませんから。」

古藤「じゃあ女の子を紹介してください。K大女子とかがいいですね」

遠藤「おい!」

男性「ハッハッハ。私はgiverは嫌いだ。だが、借りは返す主義なんだよ。フラれたばかりのお兄さん」

遠藤「え、なぜそんなことを?」

男性「気は遠くなってはいたが、声は聞こえていたよ。お客さんにひどい対応をして嫌われたそうだな」

古藤「ハア」

男性「どうすれば挽回できると思う」

古藤「いや、無理でしょ。っていうか、おじさんには期待してませんので。どうぞ、僕のコーヒーはタダで差し上げます」

遠藤「だから俺が奢ったコーヒーだっての」

男性「ふん。私にはなにもできないと思われたわけか…君は、客にそっけない対応をした、という過去を消せばいいわけだな」

古藤「そりゃそんなことができれば苦労はしませんよ」

男性「こう見えても私はな、会社を持っている。過去に人に言えないようなこともして、それが発覚しかけたこともあるんだよ。だが有能な弁護士を雇い、金の力でその黒歴史を無かったことにした」

古藤「あ、お金持ちっすか?いやあ道理で品があると思ってました」

遠藤「調子いいぞ、お前」

男性「ただ、客への対応か。ちと規模が小さすぎるな。ふむ、どうすればいいだろう。なにか案はあるかな。こういうときは頭の使いようだぞ」

古藤「ええっ?そんなこと急に言われても、悪い対応がなかったことになんて…日本の喫茶店で黙ってコーヒーを置いていいのなんて、ツンデレカフェぐらいですからねえ」

遠藤「お前、なに言ってんだ?」

男性「ほお。ツンデレカフェか。成程…君はどこの喫茶店で働いているんだ?」

古藤「扇子通りにある『喫茶オニスティー』ですけど」

男性「ああ、誠意グループの店だな。判った。私に任せろ」(男、颯爽と去る)

古藤「あ、行っちゃったよ」


(翌日)

店長「そういうわけで、本日からオニスティーは、逆ツンデレカフェになりました」

古藤「逆…ツンデレカフェ?」

遠藤「(小声で)俺、ネットニュースで見たよ。『ソーシャルディスタンスの流れに乗り増えるツンデレカフェ』って。それもメイドじゃなくて、男が接待する逆ツンデレカフェがこの数日、次々とオープンしているらしいんだよ」

店長「幸い我が扇子通り店では、アルバイト店員が全員男性ですので、逆ツンデレカフェにすぐ切り替えられますね」

古藤「いや、俺たちの心がすぐには切り替えられないんですけれど。俺は反対です」

店長「これはミーティングで決めることではありません。誠意グループは思惑グループに買収され、オニスティーは全店舗、逆ツンデレカフェです。じゃあ山田くん、例のものを」

古藤「え?これ着るの?執事の格好?」

遠藤「着るようだな」

店長「それではツンデレのレッスンをします。「べつに気があるわけじゃないから」ハイ」

古藤「ハイって言われてもさあ」

遠藤「やるしかないぞ。「べつに気があるわけじゃないから」」

店長「次は壁ドンの練習です…」


古藤「というわけでさ、オニスティーは逆ツンデレカフェなんだよ。だから、お客さんによっては、ああいうそっけない対応を「あえて」しているってわけなんだ。ね、真善美ちゃん。判ってもらえた?」

真善美「べつに言い訳してって頼んだ覚えはないですけれど。あと、名前で呼ぶの、好きじゃないです」

古藤「いや、いやいや。たしかにそうなんだけれどさ、誤解があったら解いた方がいいかなー、なんて思ってね。ね?」

真善美「はあ」

古藤「ハア。あ?なぜに真善美…いやあ、呉田さん。ため息を?」

真善美「私、嘘が嫌いなんで」

古藤「嘘ね。僕も嫌いだね。僕は生まれてから嘘をついたことなんかないからね」

真善美「はあ。じゃあ言いますけれど、オニスティーが逆ツンデレカフェになったのは二日前ですよね?私が行ったのは先週じゃないですか。それに、そういう店とか好きじゃないです。作り物のキャラで接客なんて、考えられません」

古藤「え?よくあると思うよ?イメクラとかね…ああ、いや、なんでもない。ええーっと、そのー」

真善美「もう声をかけないでください。エミールの読書会があるんで、それでは」

古藤「あ、行っちゃったよ」

遠藤「ダメだったみたいだな」

古藤「くそーっ。あの時の対応はわざとツンデレにしていたってことにしたのにー」

遠藤「そもそも嘘つきとか誠意がないのは、彼女にはアウトだったんだよ。根っから嘘つきのお前には縁がなかったんだ。諦めろ。ほら、コーヒー」

古藤「遠藤」

遠藤「なんだよ」

古藤「川に行こう」

遠藤「そうだな、こういうときは川だな。お前も判ってきたか」

古藤「いや、また倒れている人を助けて嘘をついた過去をなかったことにしてもらおう」


落語はここまでです。有料である以下はリンクが貼られているだけです。

(動画は限定公開になっており、お金を払っていただいた方の特典ではありますが、リンクの共有はご自由にしていただいて構いません。また、いずれ公開にするかもしれません)


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