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【短編B】のってきてもこなくても 中編

【企画】#誰でもない誰かの話  に参加しています。


そのとき駐車場に
ふらりと現れた男がいた。
いやもう一人。さらにもう一人。
計三人が
黒いベンツから現れたのだ。


革ジャンを着てゆらりゆらりと
ガニ股ではないのにそう見える。
その姿に妙に見覚えがあった。

「トキオさあ、こないだのこと
考えてくれた?」
アイツの知り合いのようだ。

「あ」

その男に抱いていた恐怖が和らいだ。
こいつ、YouTuberだ。
最近、うちの局でもちょくちょく出演している。
かなり荒稼ぎしているという話だ。
ということは
あとの二人はそのスタッフかなんかか。

「答えたと思うんだけれど」
私の前では決して表情を崩さないのに
コイツ、この男の前では
不機嫌さを隠さない。

「悪い話じゃないだろ?
機材ならいいもの用意するし」
私は察した。
このYouTuberは
コイツをカメラマンとして
雇おうとしているのだ。

「ねえ、お姉さんはこいつの先輩?
俺、誰だか判るでしょ?
俺、こいつの小学生からの友達なんだけど
ウチのスタッフとして引き抜きたいんだよね。
技術的なスタッフを
テレビ局で働いてきた人に限定したいのよ」
コイツが、局をやめてYouTuberのところで働く?

「…トキオを説得してやってくんない?
テレビはオワコンじゃない?
だから、いち早くこっち側に来てほしいわけ」

アイツは、もういいかな、と言って
自分の軽自動車に乗ろうとした。

「あ、お姉さん、うちに勤めない?」
「いえ…」
クソ。
アイツの前なのに
しおらしい声を出してしまった。
でも、今を時めくYouTuberで
うちの局にも出入りしているとなれば
本能的にへりくだってしまう。
いやなやつだが仕方ない。

「ね、いくらもらってんの。
給料は三倍出すよ」
「え、三倍…」
三倍…。

「やめろって言ってるだろ!」
アイツが怒鳴った。
駐車場に声が響いた。
するとよく分からないことが起きた。
私はアイツが人並みに
怒る姿を見せたことで
何か救われる思いがしたのだ。


そのときはYouTuberも諦めたようで
私たちは解散した。
私はなぜか翌日
ディレクターを含めた先輩たちに
この一件を話した。

「ダ・カーポさんとこのスタッフね」
ディレクターの声は低かった。
テレビマンがYouTuberに引き抜かれる。
現実にありそうなことだ。
でもディレクターは引き抜かれないだろう。
カメラマンたちは引き抜かれる自分を
想像したのではないだろうか。
私は…

意地でもこの世界で
上に行ってやると誓っていたのに
その思いが失せていた。
そのとき
アイツが部屋に入ってきた。



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#広がれ世界
#誰でもない誰かの話

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