【#駅にまつわるエトセトラ】 『東京駅前に住む』
八重洲に住んでいた。よって最寄駅は東京駅である。
「え?八重洲って住むところあるんですか?」とは大抵の人の反応である。住むところはある。小学校だってある。
その年、四月から東京で働く、と決まったのが三月であった。無職となった私に先輩が「君はここで働け。来月からだとちょうどいいな」ととある施設への就職を勧め、というか強引に決められ、それに従ったのである。急遽家探しとなり、「東京に住む」ということだから「東京駅の前に住む」ということになったのである。ふつうそういう発想はしないらしい。
職場と住居のの途中に新宿があれば寄りやすい、などという考えもあった。だが実際には忙しく、東京駅ですごすことのほうがよほど多かった。
家賃はかなり高かった。部屋も狭かった。それでも、家具もついていてすぐにでも入ることができるマンスリーマンションを選んだのである。これまででもっとも長く暮らした場所である。
東京駅は巨大である。定期券を持っていたから、エキナカも行き来自由であった。加えて八重地下がある。とにかく便利であった。
丸の内側には歴史ある郵便局の建物も近くにあって、文化財として保存されるという話もあったがなくなった。また、近くに住んでいる間に駅自体も改築された。
それでも、八重洲側の風景は駅の両脇に立派なデパートが建ったのと、ちょっとした駅の改築があったくらいで、ひどく大きな変化はなかった。
周辺に下町の風情なるものはない。常時に賑わうのは駅の中だけである。一度路上で外国から来た旅行者夫婦に、「飲み屋はないか」と聞かれたことがある。新宿とはわけが違う。「ここは夜はlonelyな場所だ」と答え、銀座に行くことを勧めた。
狭い部屋で、殺伐とした思いで暮らしていた。キッチンらしきものもなく、すべて外食で済ませていた。このままマンスリーマンションで歳を取り、独り死ぬのかな、などと思った。
マンスリーマンションは常に契約を更新しなければ、住む権利がなくなる。ある年、私の住んでいた部屋に次の住人が先に決まってしまい、去らざるを得なくなった。入ったのも急であれば、出るときも急であった。
"要" にして ”急”らしい講習を受けねばならず、本日また東京駅近くのホテルに泊まっている。
東京駅の辺りはけっこう変わってしまっていた。
東京とは常に " now under construction " な街である。
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