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【数理小説(8)】 『無限の帝国2 無限のネズミ講』

 ここはインフィニティー帝国の城、『無限城』の王の間である。
 このインフィニティー帝国は、無限平面世界にある。無限平面世界は別次元の、無限に地面が広がっている世界だ。はるか頭上からは光が降り注いでおり、巨大な分厚い雲が一定のパターンを作って平行移動し、その影のあるなしが夜と昼を作る。そこには無限の住民が無限の国を作り暮らしていた。
 インフィニティー帝国の王の名はアレフといい、野望ばかりは強く、宰相のチョイスはいつも悩まされている。つい昨日からも、近隣の国に戦をしかけたばかりである。王と宰相が話し合っている。
「おお、チョイスよ。余が加わった西方を攻めた軍は、敵軍を引きつける囮であった。被害の少ないうちに退却し、手薄になった東方からお前に攻めさせるという、サンドイッチ戦法の戦果はどうであった?」
「ええ……敵にとっては朗報にござりまする」
「それって要するに負けではないか」
 王はため息をついてから窓に歩み寄り目を細めて、狭くなったであろう領土のほうを見やった。「我ながら見事な戦法だと思ったのだが……」
 チョイスにとっては見慣れた光景、聞き慣れた台詞である。
「王様。お言葉ですが、あれはとりたてて新しい戦法でもございません」
「おお、なんと! そうなのか」王は振り返って、一層うなだれた。その狼狽ぶりは、戦争に負けたという事実を知ったときよりも激しい。だがすぐにまた顔を上げる。少し顔が楽しそうなのは、チョイスの見間違いではない。悪い予感がした。「ならばほかの手を考えるとするか!」
 来た、とチョイスは思った。
「王様。そうはいっても我が国の兵の数は少なく、戦略・戦術ではいかんともしがたいかと」
「普通にやったのでは勝てんであろう。今までのやり方でそちは良いと思うのか?」
「今までのやり方でございますか」
 チョイスは今までのことを考えた。話せば判るともちかけてだまし討ちをする「やあ友よ戦法」、後退しまくって落とし穴に誘う「鬼さんこちら戦法」、鏡を使って兵の数を多く見せる「ミラー戦法」、どれもろくなものがない。
「たしかに今までのやり方はよろしくありませんな。とりわけ前回の、巨大振り子を使って催眠術をかけるという「等時性暗示戦法」は、自軍のほうが振り子の動きを見ているうちに酔ってしまって、話になりませんでした。幸い敵軍に、大掛かりなショーだと思われたため、相手にされず反撃されませんでしたが」
「ふうむ、つまり油断させられた、と。これは応用の余地があるな」
 楽観的すぎる王の態度を見て、今度はチョイスがため息をついた。
「王様。「〇〇戦法」はもうやめませんか。近隣諸国からもバカにされております」
「歴史に名を残す武人とは、人とは違う視点を持つものだぞ。そう書物に書いてある」
「王様がお読みになっているのは、『勝つ王に学べ! 七つの秘策』とかの、啓蒙本ではありませぬか。ああいうものを読んで歴史に名を残す人はおりません。私が学んだ兵法には、苦しいときこそ奇策に走らずじっと好機を待て、とありますぞ」
 王はチョイスに指摘され、言い返したいが反論が出せなかった。
「ところで、我が国民の士気はどうだ?」
「それは下がってはおりません」
「そうであろう。我がインフィニティー帝国の国民は、不屈の精神をもっておる」
「不屈の精神というより、物事に動じないと言うべきでしょうな。ノリの良さと、王を慕う気持ちの強さには本当に驚くばかりです。みんなバカなのかな」
「なんか言ったか?」
「いえ、バカに頼もしい、強みのある国民であるなあ、と」
「そうであろう。とにかく、奇策は成功すると讃えられる。後に「アレフ戦法」と呼ばれるだろう」
「それが奇策をする理由ですか!」
「どうせまっとうに戦ったのでは勝ち目はない。一発逆転の策にはまだ可能性があろう」
「この際、恥ずかしくないことを重視したいですがね。それで、今度は何戦法ですか?」
 王はよくぞ聞いてくれたといわんばかりに身を乗り出した。
「資本が限られている場合、やはり情報のコンテンツでレバレッジを……」
「どこのセミナーでそういう言葉を覚えてくるんだか。簡単に言ってください」
「わずかの労で多くの成果を得ようではないか」
「あのお、以前王様は「一人百殺戦法」という無理な戦法を考えましたね。十徳ナイフならぬ百得剣を開発までしました。だが剣は使いづらく、一人一殺もできなかったどころか、敵の一騎当千の手練たちによって惨敗させられました」
「あれはちと労が多かったし、時間もかかったな。さらには、今の兵力では一人百殺、一騎当千どころでは足りぬのだ」
「なら一人一万殺、あるいは一億殺ですか? ますます現実離れして……」
「違う。もっと必要だ。無限だ!」  
 さすがにチョイスはあきれてしまった。
「いくらなんでも無理です。そればかりは可能性がゼロです」
「ふっふっふ。無限の富を生む方法があるのだよ」
 チョイスは「富」と聞いて、ビジネス啓蒙書に毒された王をいかに脱洗脳するか、本気で考え始めた。
「どうして富なのですか」
「だって、A256国への借金が、ついに10の26乗ルビンシュタインになってしまったのでな」
 アレフ国への戦争賠償金1億ゴールドの支払いを他国からの借金で支払い、その支払いをまた他国の借金で支払うという無茶なことを繰り返しているのである。
「金額の単位もゴールドでなくて、ルビンシュタインですか。借金は雪だるま式に増えるばかりですからね」
「ハッハッハ、雪だるまどころか、宇宙の膨張速度並みに膨れ上がっているぞ」
「雪だるまなら春になれば解けたものを、もはやとどまる道はありませんな」
「チョイス、うまいことを言うなあ」
 笑う気にならないチョイスのことはまったく気にせず、王は咳払いを一つした。
「という訳で、これからプレゼンテーションを行う」
 王が何度か失敗してやっと指を鳴らすと、王の間の照明が落ちた。壁一面に、パワーポイントの映像が映し出された。印象を深める効果を狙ってであろう、∞のマークが黒字に浮かび上がっている。BGMが静かに流れ、アレフ王は気取った声で説明を始めた。
「無限大。それは甘美だ」
 チョイスは王座に、『プレゼンテーションの極意ーーあなたも今日からスティーブ・ジョブズ』という本があるのを見つけて、ため息をついた。どうか普通に話してもらえないものか。この調子だとしばらくは王のプレゼンテーションブームにつきあわされる。
「無限大。それは美しい……」
 バックに踊り子たちが現れ、音楽に合わせて踊りだす。アレフ王は啓蒙書から「結論は早々に述べろ」ということは学ばなかったようだ。
「無限大。だがそれはせつないほどに、到達し得ない概念である」
 そうそう、だからとっとと諦めなさい、とチョイスは音楽がうるさくなってきたのをいいことに、こっそりヤジを飛ばした。
「……だが、可能だ。それも、有限の操作によって。このマークを見よ。書くのは簡単だ。8の字を書き最初と最後を繋ぐ。それだけで、果てしない道のりが作れてしまう。有限の操作で無限の結果を出すには、他にどういう方法があるだろうか? そこの君」
「そこの君って、踊り子以外、ここには王様と私しかいないではありませんか」
 おそらくプレゼンでは客いじりをしろ、と本で読んだのだろうな、とチョイスは思った。
「正解だ! 連鎖反応だ!」
「何も言っていませんよ」
「すなわちドミノ倒しだ。最初のドミノを倒す。次のドミノは倒したドミノが倒す。倒されたドミノがまた次のドミノを倒す。そのドミノがそのまた次のドミノを……一つのドミノを倒す労力だけで、無限のドミノを倒してしまえる!」
 チョイスにもなんとなく、王の考えている戦法が見えてきた。
「余がこの度考えた戦法は!」
 ドラムが鳴った。スライドが切り替わる。
「名付けて『無限帰納戦法』」
 踊り子たちがいつのまにか部屋の周囲に並んでおり、「おおー! 無限帰納戦法!」と言いながら拍手をする。
「演出のしかたが詐欺商法まがいじゃないですか!」
 チョイスがヤジを飛ばした。
「方法は簡単だ。隣国に、うまい儲け話がある、と言う。我が国の属洲に下り税金を納めると、会員カードが発行される。別の国に属洲に下るように勧めると、下った属洲から税収を手に入れてよい。そうして属洲となった国がこれまた別の国を支配して属洲とし、税収を得る。連鎖反応的にみな配下に下り、これで無限の国を治められるのだ」
「プレゼンのしかただけでなく、中身までインチキ商法ですね 。ネズミ講でしょう」
「ネズミ講? しまった」
「いけないことだとわかりましたか」
「余が発案したと思ったのに、先に「ネズミ講」戦法という名前を付けた者がいたとは」
「気にしているのはそこですか!」宰相は頭を抱えた。「ネズミ講という言葉は異次元にある、とある島国の言い方です。ネズミのように次々と参加者が増えるということからそう言われているのです。そのような話を持ちかけて利益を上げることは詐欺の一種とみなされ、犯罪にあたります」
「犯罪? 立派な「数学的商法」、由緒正しいビジネスモデルではないか。しかもそれを国の支配に応用したという点では、余にちょっとオリジナリティーがあるかな」
「とにかく、現実的にはすぐに限界に達するので、詐欺とみなすのです」
「そう簡単にはできんのか。限界に達すると。ううむ……」
 待てよ? とチョイスは思った。
 先日もうまくいかないと思っていた自転車操業であるが、まだ破綻する様子を見せていない。もしかしたらネズミ講も成立するのではないか? 限りない属洲を得られ、税収も無限に得られるということも、ないとはいえない。異次元とこの世界とは、何か条件が違うのかもしれない。
「わかりました、王様。とりあえずやってみましょう」
「おお! 試してみる気になったか。うむ、うまくいけば、世界でいちばん裕福な国になるのか!」
 あれ? 本当にうまく無限にネズミ講ができれば、すべての属洲も無限の税収を得るのでは? とチョイスは思った。そうなると世界秩序まで保たれることになる。チョイスは早速取りかかることにした。

「王様、大変です! 無限帰納戦法の成果により、属洲の数は、無限になりました」
「そうか! ついにやったか! ん? 浮かない顔をしておるな。どうしたのだ? 無限の属洲を支配しておるのだろう? つまり世界征服だ。もう、心配はないではないか」
「王様、世界征服ではありません。属洲が無限の数になっただけです」
「無限ならこの無限に広い世界のすべてを統治したということになるであろう」
「いえ、領土で言うと一部です。一部とはいってもやはり無限は無限です」
「そういうものなのか。ああ、つまりこういうことか。東の国をまず支配下に治めた。その東隣の国がまた治められた。これを続けていくと、領土は東に無限に広がってゆく。だが、西には広がらん。そうか。では、次は西を攻めよう。とにかく世界征服とは言わぬまでも、世界一の領土であることは変わりあるまい。領土はさぞ広がったであろう」
「それが、例のネズミ講……ではなかった、無限帰納戦法において、少しでも上の属洲になろうという争いがおきまして」
「それはそうだ。別の国を支配して儲けるために、早いうちにインフィニティ帝国には負けておこうという人の欲を利用した戦法であるからな」
「はい。それが、税収を稼ごうと企んだ属洲の連中が、自分たちの有利なように属洲を分割して、その上に立とうとした、というのが現実です。つまり内戦ばかりで、領土はまったく広がっておりません」
「はあ? つまり領土は広がらなくて、無限に分割されただけ? 無限に分割するなどということは可能なのか? なに? 可能。そうか……」
 二人はしばらく無言になってしまった。


「ううむ。ならば各属洲から代表を選出し、しっかりと治めさせよう」
 チョイスは、ははあ、と言って王の言いつけに従って早速代表を選ぶべく、その場を後にした。だが、まもなくしてチョイスは、王の元に駆け込むことになった。
「王様、大変です! 王様、代表が選べません!」
 この話は、まだ続く。

〈了〉

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『無限の帝国1 無限の自転車操業』はこちら

Ver.1.2 2020/6/20 

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