【コント(6)】 『遠回り(5)』
「まったく解せないんですけれどね」
「(優雅に泳ぐように歩く)なにがですか?」
「いろいろツッコミどころがあって何から言ったらいいかわからないんですけれど、一つだけ言うなら、どうしてあなたに道を聞いて迷うだけで、とんでもないところに行って、ついには潜水服を着て海の底にいることになるんですかねえ」
「ねえ。私も知りたい」
「私も知りたいじゃないですよ。嗚呼、頭が痛くなってきた」
「でもまあとりあえず、砂漠を脱出できたことを喜びましょうよ」
「遭難している状況は変わりませんよ。こっちのほうが、見つけてもらえそうにもないし」
「でもほら、あなた砂漠にいたとき、水を欲しがってたじゃありませんか。たっぷり水はありますよ」
「一体どうやって飲むつもりですか」
「コップがありませんね」
「あったら飲めるんですか」
「ああ、ストローも必要ですか。上品なんですねえ」
「それで飲めるんですか。潜水服を着ているんですよ」
「ああ、そうか」
「そうかじゃないですよ。それに、塩水なんか飲むわけにいきませんよ」
「あ、ウーロン茶ですか?(取り出す)あげませんよ」
「飲めるもんなら飲んでみろ!」
「まあまあ里中さん。ここは暑くないから、まだ喉も乾かないし、いいじゃないですか」
「あなた、安易に考えていませんか?この状況を。そのうち酸素がなくなるんですよ」
「(大声で)ええええ!」
「無駄に体力を使わないでください」
「ふふふ、私にはいい考えがあります」
「私にはまったくないので、聞くだけ聞きましょうか。だけど、また変なモノマネみたいなのはなしですよ。さしずめ次は龍神様とか、ポセイドンとか、あるいは崖の上のポニョのお母さんあたりが登場するとかじゃないかと思いましてね」
「ちょっと里中さーん、そんなこと言っちゃって。私が考えたやつよりずっとクオリティー高いじゃないですか」
「やっぱりそうでしたか。聞きませんからね」
「はあ……里中さん、ねえ、里中さん」
「無視」
「何やってんですか?」
「くっそー、浮上できないものかな」
「あなたは上にさえ行けばいいと思っているんですね。それが甘い」
「ほう、またとんでもないことを言うんでしょう。ですがね、海底にいるんだから、上に行くしかないでしょう」
「まさかあなたはここが海の中だと思っているんですか?」
「違うとでも言うんですか? 湖でも沼でも大して変わりはありませんよ」
「いやいやいや。私はそんな小さな違いにはこだわりませんよ。ただ、ちょっと考えてみてくださいよ。なんかおかしくありませんか? いや、気づかないならいいですけどね」
「はあ? なにを言っているんだ? だいたいここは水の中なのははっきりしているんだし……え? あ……もしかしてここは元は海じゃなくて、水没したとか」
「(少し考えるように)そうですね」
「そんな……あれ? 神沢さん。なんか今、なるほどって顔しませんでした?さも、分かっていた風でしたけれど、これってあなた、わかっていたんじゃないんですか?」
「いやいやなにを言いますやら。私は最初から気づいていましたよ。ここは水没したのだと。そして生き延びられるように、急いで潜水服を着せられたのです」
「なんかあやしいですけれどね。でも、潜水服を着せられてから水没した、ってのはありかもしれませんけれどね」
「つまりですな、この世は天変地異に見舞われたというわけです」
「たしかに、そう言われれば」
「世紀末です」
「それはとっくに過ぎたか、まだまだ先ですね。2020年ですから」
「恐怖の大王のしわざです」
「徐々にあやしくなってきましたけどね。くれぐれも、恐怖の大王の声を出したりしないでくださいね」
「(おどろおどろしい声で)恐怖の……ちょっと。さてはあんた、テレパスだな!」
「そんなのあるわけないでしょう」
「じゃあどうしてあなたは私の心を読むことができるんですか!」
「あなたがワンパターンだからでしょうね」
「分かりました。では真犯人をお知らせいたしましょう」
「どうせくだらないことでしょうね」
「いえ、あなたはびっくりするような意外な展開です。今度は読めませんよ」
「は、そうですか。どうせ根拠もないことを適当に言うんでしょう?」
「いえ、私は見たのです」
「犯人をですか?」
「そうだ。犯人は……私だ」
「はあ?」
「ほら、私の名推理に驚いた」
「ちょっといいかげんにしなさいよ。それって推理じゃなくて、ただの自供でしょう」
「ああ、やめてください。これをとられたら死んでしまう!」
「そもそもあんたのせいで命が危なくなっているんだよ!」
「助けてー!」
「ハアハア……しまった、余計な酸素を消費してしまった」
「どうも、すみませんでした。私がちょっといたずら心を起こしてしまったばっかりに、こんなことになってしまって……私が悪かったんですー(泣く)」
「ああ、もう、神沢さん、泣いたら酸素を消費しますよ」
「どうせ私は酸素もやりくりできない男ですよ」
「あんまり意味が分かりませんけれど、とにかく泣き止んでください」
「ああ、息が苦しい」
「ああ、大丈夫ですか?すごい汗じゃないですか」
「心臓が……動いている」
「いや、止まったら死ぬでしょ」
「心臓が、驚くほど早く動いている」
「ああ、そういうことですね。それは心配だ。いや、そう言っている私も、だんだん呼吸が苦しくなってきたなあ」
「もうダメです。実は私、不治の病なんです。きっと、私のほうが先に逝きます。死ぬ前にね、里中さん。伝えておきたいことがあります。私は、意地悪してこんな事態にあなたを巻き込んだわけではないんです」
「そうなんですか。一体どんな理由が?」
「はい、すべては恐怖の大王に操られていただけなんです。悪いのは、(足を蹴られる)イテッ!」
「悪いのはだれですか」
「……私です」
「モノマネをしようとしていましたね?」
「……していました」
「反省しなさい」
「はい……トホホ。あ、胸が苦しい」
「シャーラップ。黙りなさい。もうその手にはごまかされませんよ」
「体がしびれてきた」
「しびれません」
「痔が、つらいー」
「仮に本当でもこの状況では同情を買う余地はありませんから」
「ちょっと里中さーん、不治の病いの患者に厳しすぎますよ」
「あなたが不治なのは、頭だけですねえ。痔は知らないけど。とにかくそういう風にごまかすの恥ずかしくないんですか。いい年こいて」
「いや、恥ずかしいから、まともな人の前ではしませんよ」
「私はまともな大人じゃないんですか!」
「そういうあなただってねえ、悪いところがありますよ」
「ありませんよ」
「ありますよ」
「じゃあどこですか」
「私の相手をしなくちゃならなくて、運が悪い」
〈了〉
遠回り(4)はこちらから
遠回り(6)に続く。
Ver 1.0 2020/7/12
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