【短編小説】帰省列車
こんにちは、深見です。帰省ラッシュですね。
帰省列車
「この線も廃れたなあ」
夫がしみじみと言うので、私は画面から視線を上げて、窓の外を見た。
窓の外は真っ暗で、何も見えない。夫は恐らく、車内の人の少なさを指して言ったのだろう。
「そうねえ」
空席の目立つ車内を見回して、夫に同意する。
帰省ラッシュという言葉を、最後に聞いたのはいつ頃だろうか。年末だというのに、車内は「がらがら」という表現が相応しいほどの人の少なさだ。今どき、私たちのように夫婦揃って律儀に帰省する方が、珍しいのだろう。
車内にちらほら見える人影ですら、帰省しているのかと考えると怪しいところだ。単純に、旅行か仕事なのかも知れない。
「好きだったんだけどな、帰省ラッシュ」
夫の呟きは多分独り言で、返事や相槌すらも求めないたぐいのものだった。けれど私は「そうだね」と答える。私も、全く同じことを考えていたからだ。
なぜ人々は、帰省しなくなってしまったのだろう。都市部に人口が集中するようになってから、都市生まれ都市育ちの人々が増え、そもそも「帰省」という概念がなくなったからだ。と、この間、ワイドショーで紹介されていた。
それもそうだ。生まれ育った場所で暮らし続けているならば、どこにも帰省しなくて良いのだから。
それに加えて、人々の生活が多様化したことも理由のひとつとして挙げられていた。年末年始に旅行する家族なんかは、だいぶ前から取り上げられていたけれど、それが顕著化、定着したということだろう。年末年始だからあれをやれこれをやれなんていうのは、要するに、時代遅れなのだ。
帰省ラッシュがまだあった頃は、いかに帰省ラッシュに巻き込まれないようにするかばかり考えていた。日付をずらす、時間を早める、遠回りになる路線を使う……帰省ラッシュなんて、そうありがたいものではなかったはずだ。
失われてから気付く。なんて、笑っちゃうくらい月並みな表現だ。だけど、その通りだった。帰省ラッシュがないと、こうも寂しく感じるなんて。
でも、いったい私は、何に対して寂しいと感じているんだろう。
人が少ないこと? 思い出深い路線が寂れてしまったこと? みんなが同じ行動を取らなくなったこと?
考えているうちに、窓の外がパッと明るくなった。一見、街の明かりかと見間違いそうな星の光が、窓いっぱいに広がっている。
「半日くらいで着くかしら」
星を眺めながら言うと、夫が「いや、」と言葉を挟む。
「あと三日は見ておかないと。南極圏の軌道エレベーターの本数が、だいぶ減らされてるらしいから」
「あら、そう。じゃあ周回軌道に乗ってから、少し待つのね」
「ハブ衛星の待ち合いエリアに、温泉があったろ。あれもなくなったらしい」
「えー、うそ。私、あれ好きだったのに。じゃあ、どうやって時間潰そうかしら」
窓から身を乗り出して、母なる地球の姿を見る。青く輝く水の星に、懐かしさを感じるかと言われると、正直に言って全くない。
私も夫も冥王星で生まれ、冥王星の公転周期に適応した肉体を持っている。こうして地球に帰省するのは、私たちの遠い祖先が地球人だったから。それだけだ。
冥王星カレンダーの年末に地球に帰省したところで、地球では数百年が経過しているのだから、会うべき人もなく、行くべき場所もなく、何の意味もないはずなのに。
でも、私たちは帰省する。これを帰省と言って良いのかは分からないけれど、私たちは地球へ帰る。
「どんどん人口が減ってるらしいよ、地球」
夫が、寂しそうに言う。
「もう、オリジナルの人類はほとんどいないんだって。地球って、そんなに住みづらいのかな」
移住してみる? と冗談混ざりに言ってみると、夫は苦笑いしたあとで、真顔で黙ってしまう。
夫は、私よりも地球人の血が濃い。私は火星やペルセウス星人の血も混ざっているから、私よりも夫の方が、地球へ抱いている思いは深いのかもしれない。
そうは言っても、夫に付き合って帰省している以上、私だって地球に未練はあるのかもしれない。
私たちは、どうして帰省するんだろう。帰るべき場所だから帰るのか、帰るから帰るべき場所になるのか、私には分からない。
夫に訊いてみても、多分、分からないと言うだろう。
「そろそろハブ衛星にドッキングする時間じゃないか」
夫の言う通り、少しの振動と共に、地球経由内太陽系本線惑星列車は、地球の周りを周回しているハブ衛星と接続する。
ここで数日待てば、ようやく地球に降り立てる。
「何して待つ?カプセルで寝て過ごせばすぐだと思うけど」
「うーん……」
列車の窓から地球が見える。なんの思い入れもない、母なる星。
「地球のご飯を出してるレストラン、まだあるかな? 取り敢えず、そこでご飯にしない?」
私が言うと、夫は嬉しそうに顔を綻ばせた。
帰るべき場所だから帰るのか、帰るから帰るべき場所になるのか。
私の場合は多分、後者なのだろう。
『地球ー、地球に到着です。金星方面へお越しの方は、お乗り換えです……』
アナウンスが告げる。私たちは荷物を持って、帰省列車をあとにする。
おわり。