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創作 colorless world 第二話
見える景色が幸せでも、その底を覗くと碌でもない事はままある。
「やはり夏は蕎麦に限るねぇ〜。うん美味しい。幸せだねぇ!」
側から見れば美人?と一緒に仲良く蕎麦を啜ってるように見えるのだろう。
でもここに相手の女の人がとんでもない我儘で不審者気質の変人という情報を加えたらどうなるのだろうか。
実際ここまで連れてくるのも一苦労だった。
屋敷を脱出した後おぶって車に連れて行き足首をバンダナで固定して一息ついたのも束の間、またすぐに屋敷に戻ると言って聞かないのを足首を治すのが先だと言って聞かせてようやく屋敷を離れることが出来た。
放っておくとまた屋敷に向かってしまいそうなので暫く様子を見る事にしたのである。
命からがら屋敷から逃げたのもあってお腹が空いてしまい、行きつけの蕎麦屋に入って今に至る。
「やはりこの地域は蕎麦が有名と聞いてはいたがこれ程までに美味しいとは。
まさに百聞は一見に如かずというやつだろうか?」
目の前でハムスターみたいに蕎麦を頬張りながらそう言う目の前の彼女、京極彩羽さんは目の前の蕎麦を食い尽くさんという勢いで啜っている。
とてもさっきまで生きるか死ぬかのピンチに居た人間の食欲とは思えない。
「君、何か失礼なことを考えていないかい?」
彩羽さんがこちらをじっと睨む。
こういうところだけ変に勘が良いの、何なんだろうか。
「お待たせ〜、いつものだよ〜!」
そういって蕎麦屋のおばちゃんが俺の分の蕎麦を持ってきてくれる。
大盛りざるそば2枚に特盛カレー、いつもの組み合わせである。
「…君も大概食べる方じゃないのかい?」
「日本男児ですから。」
この香りが食欲を唆る。
初めてここに来た十数年前から変わらずずっと蕎麦とカレーは頼み続けている。
変わらない幸せというものはこの世に確実に存在すると確信付かせてくれる素晴らしいご飯である。
おばちゃん、ご飯、その全てに感謝。大好き。
「だけどねぇ〜楓ちゃん。急にそんな別嬪さん連れてきた時はびっくりしたのよぉ〜!彼女?」
俺、高島楓は慌てて首を振る。
「ちがうちがう!たまたまこの辺で会ってちょっと案内してるだけ!」
「もぅそんなに慌てなくてもいいのよぉ〜。それじゃごゆっくり〜。」
余計なお世話である。
「面白いな。側から見ると君と私は恋人同士の関係に見えるらしい。」
蕎麦を啜る手を止めずにそんなことを彩羽さんは口走る。
何を言ってるんだろうかこの人は。
確かに端正な顔立ちしてるし世間一般には美人っていう括りに入るのかもしれないが、その実態は駄々っ子不審者である。
この人と付き合いたい人とかいるんだろうか。
「彩羽さんって彼氏とか居るんですか?」
「レディーに向かって失礼だね君は。別に彼氏の一人や二人、作ろうと思えばいつでも作れるがね。生憎興味が無いのさ。…本当だからね?」
良かった。居なさそうで安心する。
「大体君こそ彼女いないのかい?あぁ、私の事をこんなに雑に扱う男がモテるわけがないかハッハッハ!」
腹が、立つ。
居ないという事実を見抜かれ、さぞ当たり前のように決めつけられる屈辱。
俺達初対面のはずなのに何故こんな煽り合いのような事をしているのだろうか。
「まぁちょうどいい。彼女が居ないことはこれからの私達の動きにおいて気を使う要因が一つ減るのと同じ意味だからね。」
…達って言った?
いつのまにか彩羽さんは大盛りの蕎麦を全て飲み込んでこちらに向き直っていた。
「君に一つ頼みがある。」
凄い、物凄いイヤな予感がする。
「あの屋敷、オヤシロを一緒に破壊」
「ちょっと待った!!」
慌てて彩羽さんの口を塞ぐ。
おばちゃん達に聞かれてないだろうか。
急いで調理場の方を見る。
幸いおばちゃん達は調理場の奥でテレビを見ている。
俺たち以外に客は居ない。
「他の人が聞いている場所でその話題はNG。わかりました?」
俺に口を塞がれながら彩羽さんは首をコクコク振る。
「一旦安全に話が出来る所に場所を変えましょう。」
このままここに居るとまた次いつ失言するかわからない。
「おばちゃん!勘定!」
「あいよ〜」
「私は先に車を取ってくるとしよう。立て替えておいてくれたまえ。」
そう言って彩羽さんは先に店を出て行ってしまう。
…このまま奢りの流れにならないよな?これ。
「楓ちゃん。二人合わせて2000円にしといてあげる。」
少し安くしてくれるらしい。貧乏大学生の身にはありがたい。
「ありがと、おばちゃん。」
「良いってことよ。それよりさっきの子、外の子かい?」
「え、あ、うん。多分そうだと思う。」
「他所者ねぇ……。絶対オヤシロ様のとこ行かせちゃダメよ。」
空気がピリッと張り詰める。
「オヤシロ様のところに入るとどうなるか、楓ちゃんがいっちばん分かってるでしょう?この町に居るのは良いけど勝手なことしないように、ちゃんと見張ってなさい。わかった?」
さっきまでのおちゃらけた雰囲気とは一変して緊張の時間が流れる。
「え、あ、うん……。わかってるよ。」
「これ以上誰かに問題を起こされるのは困るのよ。」
「ま、まぁとりあえずご馳走様。またね。」
これ以上ここに居れないので2000円をレジに置いてそそくさと出る。
去り際におばちゃんの顔は見れなかった。
外に出ると、車をに寄りかかって煙草をふかしている彩羽さんがいた。
「おや、少し遅かったね。何かあったのかい。」
「いや、特には…。煙草吸うんですね。」
急いで話題を変える。
「あぁ、まぁ少し嗜む程度さ。すまないね。」
「いや煙草の匂いは嫌いじゃないです。それより早く行きましょう。」
そう言って彩羽さんに車を出してもらう。
去り際、先程の会話が頭に蘇る。
そうだ。結局おばちゃんだっていつも味方してくれるわけじゃない。
わかってたことじゃないか。
改めてその事実を受け入れなければならない事が、少ししんどかった。
車での移動中、なんとなく景色を眺めていた。
もう見慣れた、変わり映えのないモノクロの景色。
「ところで今我々は何処に向かっているんだい?」
「さっきも言ったじゃないですか。この町で数少ない他所者がいても不審がられない場所ですよ。」
「さっきから私の事を他所者他所者って。失礼だとは思わないのかい。」
「実際そうじゃないんですか?」
「まぁそう言われるとそうなんだが…まぁいい。そこの青色の袋取ってくれ。」
青い袋?どれだ?
何となく手探りで探してこれじゃないか?という袋を渡す。
「あぁこれだこれ。しかし随分手間取るね。」
「まぁ…。何入ってるんすかそれ。」
「これかい?これはお菓子入れだよ。糖分を取らないと頭は動いてくれないからね。少年も食べるかい?」
そう言って彩羽さんは袋からラムネを取り出して一粒食べる。
少年て。18なんですけど俺。
「いや…。要らないです。」
「つれないねぇ…、っと。目的地はあれかい?」
彩羽さんが指をさす先にあったのはこの町唯一の神社、覚貫神社である。
駐車場に車を停めて本殿の方に足を進める。
少し歩くと大きな社が見える。
その前に一人、境内の掃除をしている男が見える。
先に男が気づくと
「おーい楓ちゃん!久しぶりぃ〜!」
ダッシュでこちらに駆け寄ってくる。
この男は卜部泰樹。この神社の神主である。
良い歳して見た目はチャラい。
とてもじゃないけど言われないと神主かどうかなんてわからないだろう。
「あぁ卜部さん久しぶり。こっちは…」
「えー誰この可愛い子?彼女?ねぇおねぇさん名前何?歳いくつ!?」
隣の彩羽さんに気づくなり俺は放置、彩羽さんに心が釘付けらしい。
まぁ、わかってはいた。ナンパ野郎が。
「私か?京極彩羽24歳。職業フリーのフォトグラファー。残念ながら彼氏はまだ居ない。」
彩羽さん5個上なのか……。
「京極?…京極ねぇ…ふーん。まぁいいや。そんなことよりお茶でも一杯」
「良い加減にしてくださいよみっともない。それよりちょっと用があって…」
「用?あぁ、どうせオヤシロ様の事だろう?」
急に卜部さんの雰囲気が変わる。
流石に鋭い。何故わかったのか。
「いーよいーよどうせこの辺で話が漏れずに会話出来んのここだけだもんな。いつもの部屋好きに使えよ。」
そう言って部屋の鍵を渡される。
「話が早くて助かる。」
「俺も俺でやること出来ちまったしなぁ〜。ま、後で様子見に行くわ。それより彩羽ちゃ〜ん❤️連絡先交換しない〜?」
「すぐ人に色目使うのやめなよ。彩羽さん行こ。」
スマホを出してQRコードの準備まで何故かしてる彩羽さんを無理矢理引っ張って社務所に入る。
卜部さんのナンパ癖、全然治る気配が無い。
「しかしこの場所を提供してくれているわけだ。何かしらお礼しなくてはならないんじゃないか?」
「それはそうだけどあの人に連絡先渡したらどんどんエスカレートしますよ。やめといた方が良いです。」
そんなことを話しながら鍵の部屋に着く。
この部屋に来るのも久々である。
不思議な感情を抱えたまま部屋の鍵を開けて中に入る。
中はあの時と変わらない、いかにも和室と言われて想像する和室である。
「おや、中々良い部屋じゃ無いか。」
部屋に着くなり彩羽さんは座布団を引っ張ってきてテーブルの前に置き自分のスペースを作り始めた。
この人もこの人で遠慮って言葉は無いのだろうか。
「ハァ…まぁいいや。とりあえず話を始めましょう。」
「まずあの屋敷をどのぐらいまで知っているかですが。実際何処まで知っているんですか?」
彩羽さんと話し合いを始める。互いに聞きたいことは山ほどあるだろう。
一呼吸置いて彩羽さんが話し始める。
「N県北S郡覚貫町中央部に存在する巨大な屋敷、通称オヤシロ様の中には"神"と呼ばれる怪異が棲んでいる。
この町の人間はヤツを神格化し怪異、屋敷そのもの全部をひっくるめてオヤシロ様と敬称している。
1897年から存在しており今に至るまで数回の火災、破壊、空襲など全ての破壊行為を行ってもまるで何もなかったかのようにそびえ立つ謎の建築物である。
内部構造は不明であり過去に何回か侵入した人物がいたが大半が消息不明となっている。
中に存在する黒いスライム状の生物は神、又はオヤシロ様と呼ばれており奴は…」
「人の色覚を奪う。」
いつの間にかかドアの近くに人数分のお茶とどら焼きを持って立っている卜部さんが居た。
「人の体内に侵入し、第一段階に色覚、第二段階に視覚、第三段階で全身の神経の感覚を奪うと言われている。
大抵神に体を侵された人間はすぐ第三段階まで行って廃人も同然、実質死んでしまう。」
俺たちの前にお茶とどら焼きを配りながら話し始める。
彩羽さんはその言葉にうなづく。
「私の両親は神に神経感覚を奪われた。どちらもだ。」
ぽつりぽつりと彩羽さんが話し始める。
「私の両親も偉大な写真家だった。しかしあの日、あの屋敷に入ってしまったばっかりに神に体を侵されてしまった。」
彩羽さんの腕はいつの間にか震えて、声に怒りと悲しみが混じり始めた。
「さよならも言えなかった。あの日、帰ってきて一緒に食べようと言ったケーキは約束を果たさなかった。神は両親の感覚を奪っただけではない。私の人生の彩りを奪って行った。」
彩羽さんの眼にうっすらと涙が浮かぶ。
「京極って聞いた時ふと思い出したんだよな。ほらこれ。」
そう言って卜部さんが見せてきたのは昔、20年前の町の戸籍帳だった。
京極家…。確かに存在する。
「神の怒りに触れたとして幼い娘一人を町は追い出した。知るはずもねぇ、お前が生まれる前の話だ。」
初めて聞いた話である。脳の処理が追いつかない。
彩羽さんがこちらに向き直って座る。
真っ直ぐな眼をしていた。
「少年…いや高島君。改めて頼ませてほしい。」
「私と一緒に、あの屋敷を破壊してくれ。」
言葉が重い。てっきり外から噂を聞いて肝試ししに来たたかその程度の話だと思っていた。
「…なんで俺に頼むんですか?」
「君が私を助けてくれたからだ。
何の関わりも無いに等しかった私を体を張って助けてくれた。
この町に来るまで味方は居ないと思っていたが、この町で私の事を助けてくれる人に出会えたんだ。
私のことをこれ以上助ける義理がないのはわかる。
それでも…」
ここまで言って彩羽さんは黙ってしまう。
「だがな、彩羽ちゃん。楓は…」
何か言いたげな卜部さんを手で制止して俺も彩羽さんに向き直る。
「その頼みに返答する前に俺も一つ、言わないといけない事があります。」
ここまで全部言われてしまってはもう引き下がれない。
言うつもりは無かったが、俺は意を決して言うことにした。
「俺は、色が見えません。」
つづく。