りんご箱 シロクマ文芸部
りんご箱が唯一、僕の部屋で生命を感じられるものだった。
昨日、同級生のタケシの家の庭を見て、思わずため息が漏れた。盛り上がる緑に、戯れるように花が舞っている。
「すごいな、おまえん家の庭」
「ああ、母の趣味なんだ」
「メンテたいへんなんだろうな」
「好きでやってるんだから、そうでもないだろ?」
「そんなもんかなぁ。水遣りだけでも半日かかりそうだけど」
「便利な庭師って人がいるんだ。母はいいとこ取りしてるだけ」
元は荒れ果てた日本庭園だったんだとタケシは言った。それを母親の発案でイングリッシュガーデンにしたのだと。
余裕があるのであれば、自然に身を置きたい。部屋に観葉植物のひとつでもあれば、また違った生活があるような気もする。それは心の余裕なのかもしれない。
僕は部屋のりんご箱を思った。中身はもちろんりんごではない。一人暮らしの僕に、りんご農家の実家から届いた差し入れだ。
タケシの母親は「花の中に身を置いて、しあわせを感じない人はいない」という理由で庭の手入れを始めたとう。確かにそうだろう。人間に限らず、花の中で荒ぶる動物はいない。
部屋でひとり、りんご箱を見つめながら、僕は実家のりんご農園にあふれるりんごの白い花の中に立った。
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小牧部長さま
今週もよろしくお願いいたします。