紅葉の陰で #シロクマ文芸部
小牧部長様
よろしくお願いいたします。
498字
秋が好き、それには超絶という修飾語を付けてもいいくらいなのだけれど、隣を所在無げに歩く夫には申し訳ないという気もある。それにこの人、人、人も、人いきれが苦手な夫には重ね重ねだ。
そんなことを思いながら流れに沿っていると、紅葉の下に奇妙な石仏を見つけた。どう見てもそれは父の顔をしている。
夫に頼んで記念写真を一枚。
私は何をしているんだろう。でも夫の顔は少しばかりうれしそうだ。
ちょうどお腹の虫も鳴き出して喫茶店に入った。入れ替わりに窓際の席が空いて、幸運をかみしめる。ゆっくり味わう紅茶と、隣のお寺から迫り出す紅葉はこの旅で一番かもしれない。本当に美しいものに出会うのは、いつも何気ないところのような気がする。
翌日は予定通り人混みから離れ、紫式部の歌碑のある神社を訪れ、そのまま帰途に就いた。
思いがけず駅には母が迎えに来てくれていた。父が病院のベッドにいたからだ。
父は昨日、おやつのドーナツが持てず、すぐに病院に向かったと、運が良かったと、母は何度となく繰り返しながら涙を拭った。
気になって昨日のスマホの写真を見ると、そこには父とは似ても似つかぬ石仏と私がいるばかりだった。
撮影日時 昨日15:05