見出し画像

第8回 クロサキナオの'24 Crisp Oct!


お題:10月


 


焼き芋   【946字

この時期、こんな風が吹くと思い出すことがある。それは焼き芋の匂い。
そう聞いて、頭の中に焼き芋の匂いが浮かぶだろうか。焼き芋が好きな方はその字面を見ただけで唾液が分泌されるということはあるだろう。しかし匂いまでは再生されない。匂いとはそんな儚いものである。匂いは感覚として記憶されるものではなく、どうも説明文が付与されているだけのようだ。
しかし実際にその匂いを嗅ぐと凄まじい勢いで、さまざまな記憶が目を覚ます。店の位置、店構え、店主の顔、焼き芋の顔、なんなら一緒に食べた母親や友人の顔まで思い出す。

京都、河原町蛸薬師というところに「丸寿」という焼き芋屋がある。勘のいい方はおわかりだろう。丸に十は薩摩、島津家の紋所である。しかし使われている芋は徳島の鳴門金時という品種だ。その箱が中身を偽っていなければ。
このお店は私が物心ついたころにはすでにあった。先代のころは今の店主もお元気で、先代が見守る中を忙しく立ち働いていらした。
先代が亡くなり、今の店主になってからも同様に営業なさっていたが、体力の衰えとともに、営業頻度はどんどん落ちていき、今に至っている。
焼き芋は大きな釜に敷き詰められて焼かれるが、蒸し芋はその釜に張られた湯によって取手のついた樽で蒸される。その樽の重さときたら想像の外である。高齢の身にはきつ過ぎる。したがって、今は夏の間は休業となっている。

10月がなぜ焼き芋の匂いなのか。それは9月までの蒸し芋から焼き芋に変わる時期だからだ。以前、店主に訊ねたところによると、それは芋の肉厚によるらしい。あまり細いものを焼き芋にすると、食べるところが細くなってしまうのだそうだ。
京都の夏といえば鴨川の床がよく知られていると思う。その設置が6月、撤収が9月であるから、ちょうどその期間、丸寿もお休みということになる。
しかしこの夏の時期の蒸し芋は冷蔵庫で冷やし、牛乳とともにいただくと、清涼感はもとより、えも言われぬ甘美が味わえたものだった。返す返すも残念でならない。
そしてこれからの焼き芋は中に蜜を蓄える。その赤紫色の皮の下には溢れんばかりの蜜が染み込んだ芋が、艶やかな光を放っているのである。

以前は市内にも何軒かの焼き芋屋があった。それがここ最近では、この丸寿の他のお店を私は知らない。
      おしまい


あとがき:ここのところ、あまりにも貢献度がなさ過ぎる故、こちらの駄文を書いてみました
ナオさんの当マガジンの初期メンバー(誇りである)として、すべきことはせねば
たまには
ほんのたまにはで、申し訳ございません
よろしければ、ご査収ください

#クロサキナオの2024CrispOct

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?