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映画『ゾッキ』感想 散漫になってしまった群像劇


 今回は映画『ゾッキ』感想。ちなみに「ゾッキ」とは、余った新品本が古書市場などで安く出回ったものである「ゾッキ本」からとったタイトルだそうです。


 「秘密はなるべくたくさん持て」と祖父(石坂浩二)から、謎のアドバイスを受ける前島りょうこ(吉岡里穂)。寝袋と拾ったエロ本だけで、あてのない自転車旅に出る藤村(松田龍平)。親友の伴くん(九条ジョー)の、実在しない自分の姉への恋心に悩まされる牧田(森優作)。父(竹原ピストル)に連れられて真夜中の高校に忍び込んだことで、とんでもない物を目の当たりにするマサル(潤浩)。同じ町に住む、様々な人間たちの人生が、少しずつ重なる…という物語。

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 大橋裕之の漫画短編集『ゾッキA』『ゾッキB』に収録されている作品群を、俳優の竹中直人、山田孝之、齊藤工の3人がそれぞれ監督を務め、一本の長編映画に仕立て上げた作品。今、新刊が出たならば、迷わず買う漫画家大橋裕之さんの映像化作品であれば、観に行かないわけにはいきませんでした。

 けど、結論から言ってしまうと、大橋作品の空気を再現しようと努力してはいると思うんですけど、それが成功しているとは言い難い作品になっていると感じました。原作を読んでいる自分にとっては残念な部分が大きいし、読んでいない人にとっては何のこっちゃわからん作品だと思います。

 原作が短編集なので、群像劇的な色んなキャラの物語にするのは正しいと思うんですけど、何も並行させて描く必要性は無かったと思うんですよね。
 大橋作品は、あの独特のタッチの絵柄があるから、同じ共通世界、同じ心情を抱えている人物たちが生きているように見えるんですけど、実は個々の作品によって全く違う世界観、人生を描いていると思います。だから、原作通りにオムニバス形式の方がわかりやすいと思うんですよね。
 これを一本の映画作品にして、同じ世界、同じ地域での話にしようとしたため、断片的に意味不明な場面が連なる、テーマ不明な作品になってしまっていると思います。そもそも、大橋裕之漫画に、「テーマ」というものを見出すことがナンセンスなのかもしれませんが。

 冒頭は、吉岡里穂さんがメインとなるパートで、『理由』という短編に『石鹸の香り』という3コマ漫画をミックスさせたものになっています。吉岡里穂が祖父の言葉で、思い切り牛乳を吹き出してしまい、タイトルが出るという演出なんですけど、この時点で「ああ、大橋作品とは別の空気になってしまっている」と感じてしまったんですよね。
 このシーン、原作では、ここまで派手に吹き出すという描写ではないんですよ。別に原作を忠実に再現していないからダメという気は毛頭ないんですけど、何かこの場面の本質的な空気感よりも、オープニングらしい仕掛けを優先してしまっているように感じられて残念でした。

 自転車旅に出る藤村を演じる松田龍平も、やっぱり雰囲気がありすぎて、エロ本を拾う惨めな性欲を持て余した男に見えないんですよね。もっと華のない俳優さんの方を使うべきだったように感じます。

 大橋裕之作品の映像化では、名作アニメ『音楽』がありますが、あれが沈黙や無音シーンで大橋作品独特の「間」を再現していましたが、この『ゾッキ』では、その間のとり方が中途半端で、何か意味ありげに見えてしまうように感じました。
 大橋作品において、意味は大敵なんですよ。意味とかではなく、言語化出来ないものが、触られたことのない心の性感帯に触れてくる感動があると思います。

 ただ、中盤パートで描かれた『伴くん』という短編の部分は、原作の空気をかなり再現していて、観た甲斐のある出来となっておりました。
 特に伴くんを演じたお笑いコンビ、コウテイの九条ジョーさんは、映画初出演にも関わらず、伴くんそのものでしかない素晴らしい変態的な純愛の人間を演じておりました。
 演技が上手いというよりは、実在しない親友の姉の存在を信じて妄想を募らせるという伴くんのキャラ設定が、コントに近いからハマったんだと思います。
 伴くんの一途な変態性は、観る人によっては受け付けない所もあると思うんですけど、やっぱりあの仏壇の前で号泣する伴くんにウルっと来ちゃうんですよね。そして、その感動に浸った後に、よく考えるとキモいなと思うんですよ。
 『伴くん』という原作短編が物凄く良いというのもあるんですけど、この部分はかなり評価されるべきだと感じました。森優作さんの童貞感も完璧ですよね。

 色んなキャストが、色んなキャラクターを演じている、楽しいワンダーランドみたいな、深夜放送のバラエティやドラマの空気を狙っているのはわかるんですけど、それにしても劇場で集中して観るにはとっ散らかっていて、作品の方が散漫な印象でした。残念ながら、『音楽』のアニメ映画には遠く及ばないと思います。
 もし『シティライツ』なんかを映画化するなら、オムニバスでやってもらいたいですね。


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