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アパルトヘイトの「ドラム・ジェネレーション」~写真家アーネスト・コールとベッシー・ヘッド
今年十月末のこと。
文学フリマ福岡に参加するために福岡に滞在していたとき、祖母が亡くなったという思わぬ知らせを受け、次の週に急遽仙台へ向かうこととなってしまった。
翌週の土曜日、祖母の葬儀を終え家族と別れた翌日に、沈む気持ちに浸ってばかりもいられない、とにかく自分の人生を継続しようと気を持ち直し、いくつか以前からグーグルマップに印をつけておいたいわゆる独立系書店さんを三軒訪問することにした。
雨の仙台で日も傾いて肌寒くなったころ、そうして訪ねた三軒目の書店は、どこか懐かしい佇まいの小さなお店だった。
ガラスの引き戸を開けて中に入ると、様々な分野にわたり良さそうな本が並んでいる。
新刊の他、写真集などの大きな本やZINEも取り扱っているようだ。
社会的メッセージを強く打ち出すものもあれば、柔らかいものもあるような、店主の意図が少しだけ想像できる品揃えだ。良いお店だなと直感的に思った。
独立系書店を訪問して回るのは、もちろん本や書店のことを知りたいし、良い関係を築ければいつかは雨雲出版の本を置いてもらいたいという思いがあるからではある。
でも、特に自分の営業をしているつもりもないので、純粋に楽しみ誰かと会話できるのなら嬉しいという程度で気楽に構えている。
だから、雨雲出版という出版レーベルを立ち上げて南アフリカ/ボツワナの作家ベッシー・ヘッドの長編小説を出版しようとしていることも、話すときと特に話さないときがある。
それでも、このお店の品揃えから店主の人となりを何となく想像し、自然と話したくなった。
ベッシー・ヘッドの作品には実にあらゆるテーマが含まれている。
アパルトヘイト時代の政治状況を描くということに留まらない、あれほど人間を深く観察してぴったりとシャープかつシンプルに本質を表現できる作家は、他にどれくらいいるだろう。
人間の心にある差別、善と悪、人種主義、保守的な「部族主義」の弊害。そして、どんなひとの心の中にも深く切り込む表現力。
アパルトヘイトの冬の時代に、社会情勢ではなく人間という根源のところに切り込んだ作家だ。
そんな作家のことに人生をかけているわたしであるが、その話をこの店主にしたところ、何かにピンと来たようで、いったん奥に引っ込んだ店主は分厚いモノクロ写真集を手にして戻って来た。
アーネスト・コールを知っていますか?
その写真家は、南アフリカ出身である。
アメリカに亡命し、ブラックアフリカやアフリカンアメリカンをテーマとした写真を撮り続けたひとだった。
その写真集は、アーネスト・コールが1960年代から70年代にかけてのアメリカを撮影した写真集「Ernest Cole: The True America」だった。
厳しいアパルトヘイト時代と連動するように、活動家たちはアフリカ各国やヨーロッパ、アメリカに亡命し、そこで南アフリカの現実を訴え、政治的な目的の雑誌や文芸が豊かに花開きつつあった1960年代。
アーネスト・コールもその流れを担うひとりだったのだろう。
それは、南アフリカからボツワナに亡命した元ジャーナリストのベッシー・ヘッドも同じだ。
店主とひとしきりこの話をすることができ、本当に良い時間だった。
東京の自宅に戻ったあと、わたしはアーネスト・コールについて知らなかったので、改めて詳しく調べてみた。
そして、初めてこの写真家とベッシー・ヘッドは非常に似ていてつながりがあることを知ったのである。
二人はまさに同時代の南アフリカで生き、二人とも『ドラム・マガジン』で仕事をしたジャーナリストだった。
アパルトヘイト政権が始まって間もない1950年代に創刊されたドラム・マガジンは、当時のインド系やカラードも含む都市ブラックカルチャーに焦点を当て、多くの著名なジャーナリストが活躍した。
ベッシー・ヘッドは、1959年、当時暮らしていたケープタウンからヨハネスブルグに移り、ドラム・マガジンで仕事をするようになる。
おそらくちょうど同時期に、アーネスト・コールもまた写真家としてドラム・マガジンにて仕事を始めている。二人が知り合いであったことを示す資料はわたしの知る限りはないのだが、少なくともお互いの存在を知っていたか、仕事で会っていた可能性は大いにあるだろう。
彼らは、ともに「ドラム・ジェネレーション」と呼ばれるジャーナリストや写真家として名前が挙げられる二人であった。
ベッシー・ヘッドは、1937年生まれ。ジャーナリストとして仕事をし、南アフリカ政府のパスポートが許されずに出国許可証を持って1964年、ボツワナに亡命する。
ボツワナで作家となるが、1986年に48歳で病気で亡くなる。
アーネスト・コールは、1940年生まれ。写真家として仕事をするも1966年にアメリカに亡命。南アフリカ政府のパスポートは無効にされてしまう。
アメリカで写真集を発表するが、1990年に49歳で病気で亡くなる。
二人とも、アパルトヘイトの終焉と新政府の発足を見ることがなかったわけだ。
この二人の共通点の多さに驚き、この写真家について深く知りたいと思った。
そしてさっそく、近年発見されたフィルムの写真を収録して最近発表されたばかりのアーネスト・コールによる南アフリカの写真集House of Bondage(新版)を入手した。
しかも、ちょうど現在、アーネスト・コールのドキュメンタリ映画が公開されているようだ。
なんとタイムリーな。
この時代のジャーナリストたちの活躍、知られざる歴史を直接知る人たちは少しずついなくなっているだろう。まだ、会えるうちに。歴史が遠ざからないうちに。
こうして、魂に訴えかける作品を残したひとたちを追いかけていきたい。記録に残したいと心から思った。
それにしても、ベッシー・ヘッドの話を聞いてアーネスト・コールにすぐ思い至った仙台の書店店主のセンスは素晴らしい。本を扱う仕事とは、人生の出会いを作る仕事なのかもしれない。
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