ガラスの家に住む者は、石を投げてはいけない
近藤さんは、私が赴任したときには
パーキンソン病で休職をしていた。
会わずしても、前評判は沢山聞いた。
変わった人だったらしい。
かつては課長だったが、
ものの10年で失脚し、
平社員になったらしい。
女性ばかりの職場の中で、
みんなが"お察しする中年男性"だった。
*
そんな近藤さんは、
実際に一緒に働いてみると、
とても優しいおじさんだった。
電話対応はとても上手で、
声を荒げていたお客さんも近藤さんにかかれば
穏やかに切電した。
職場でも、お局さんに囲まれ
やいのやいの言われる中でも、
言い返すことなく
優しく受け流していた。
が、
致命的な欠点があることに
出会って1年で気がついた。
これにより、
近藤さんは、わからないことをきけず、
その仕事自体をなかったことにしていたことが発覚した。
幸いにも、
大事にはならなかった。
しかし、
長年のクセか、
その後も同じことを繰り返そうとしていた。
社内での判断は必然的に重くなった。
*
(もちろんといってしまうと
良心の呵責があるが、)
発覚してからというもの、
近藤さんの社内での扱いは
ひどいものだった。
管理者には、腫れ物にさわるように接しられ、
気の強い人には、聞こえるように陰口を言われ、
何もしない私のような人間には、
可哀想と思われていた。
ある人は、
無駄に近藤さんに近づき、
離婚したことや症状にかかる費用など
センシティブな内容を聞き出し、
周りに吹聴をした。
そして、体臭がひどいと本人に伝え、
ボディソープをプレゼントした。
近藤さんは、
ほとんどの仕事を取り上げられてしまい、
一日の8時間をその環境下で、消費した。
近藤さんも
その正当性が自身になかったのだと思うが、
何を言われても
周りに言い返すことはなく、
ニコニコ困ったように笑い、
出社をした。
そんな近藤さんをみて、
周りは「近藤さんには
何を言っても良い人だ」と判断し、
ときに理不尽に、
ときに正当そうな理由を振りかざして、
強く当たった。
・
・
・
次の三月には、
異動が発表され、
近藤さんは部署を去った。
*
その異動の挨拶の際、
近藤さんは
2つの言葉を残した。
ひとつ目が、
「お前も完璧でないのだから、
人に批判するのではない」
という意味だ。
そうか。
近藤さん、やっぱり嫌だったんだ。
悪いことをしたからといって、
なにをしてもいいわけじゃない。
近藤さんも人なんだよな、、
近藤さんの行動は
一度棚において、
みんなが我に立ち返っただろう。
たしかに人に対する態度ではない人もいた。
わたしも、仕事ができない人として扱い、
諦めながら接してしまった節があった。
近藤さんも、
自分のしたことに対する後ろめたさもあり
言わなかったのだと思うが、
その言葉をきき、
こちらが後ろめたくなってしまった。
そしてふたつ目の言葉で
締め括った。
「自分は、この職場に10年以上いたが、
その間に古い箒になってしまった。
明日より、新しくここにくるメンバーは、
私よりも仕事熱心に埃を掃除するだろう。
自分も新天地では新しい箒として
身を引き締める。」
職場は、10年選手の先輩方が
8割以上の超お局大国のため、
事実、古い箒はたくさんいる。
たしかにその年も、
新しい体制になろうとしていたが、
古い箒が感情論で、
色々な改革を妨げた。
その言葉がとどいてほしい。
近藤さんは、
ウィットに富んだ挨拶をして、
私の心を少しゆらした。
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