嗚呼東京

サカナクションの『ユリイカ』は、わたしに東京の夏の夕暮れを思い出させる。

東京に頻繁に出掛けていた頃、休日には通勤ラッシュの時間を避けて電車に乗り、日の高い内から歩き回った。
大きな本屋、百貨店の目映いコスメコーナー、駅ビルの中鮮やかなファッションブランドの列。地元では味わえない、あらゆる物、音楽、光の渦に気をとられつつ冷やかしつつ、欲しいものを求めてひたすら歩いた。
お腹がすいたら気になっていたお店で昼食を取り、喉が渇いたら喫茶店でお茶をして、涼しい店内に一息つく。
そうして夕方。
その時わたしは本を抱えていた。或いはブランドのショップバックを手から下げていたり、何も持ってなかった時もある。
日が暮れかかった時刻、ビルの間から覗く狭い空に茜色が滲み、時々温い風が吹く。思う様欲しいものを買った充足感と歩き回った疲れが体にひたひたと満ちていて、楽しかったと心の底から思う。それと同時に、夕焼けの色に今日の終わりを見て切なくなる。休日が終わる、楽しい時間はあっという間に過ぎてゆく。そんな当たり前のことがいやにまざまざと胸に迫って、体の芯にふうっと冷たい風が一筋吹く。

あの、ある種の興奮と寂しさが織り交ぜられた一瞬を、『ユリイカ』のメロディと歌詞が田舎で車を運転するわたしのもとに連れてきた。

今は気安く東京に出られない。けれども物流網の発達した現代において、東京に出なければ買えないものは殆どないと言ってもいい。本も化粧品も服もあのお店の味も、画面をタップするだけでトラックが連れてきてくれる時代だ。
それでもあの瞬間のあの空気、あの感情は、何度画面をタップしてもトラックは連れてきてくれない。届いた箱を開けた中にもない。
自分の足で歩き探して手にして、満足と疲れに顔を上げた先、ぬるい夕方の中にしか、多分ない。
嗚呼東京、と思う。
わたしはそこに行きたい。

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