今日の茶飯事 #1.笹の葉さらさら
日常茶飯事とは、日々の生活におけるとりとめのない普通の出来事である。(Wiki参照)
茶飯事はその名の通り茶を啜り、飯を食うこと。暮らしの中の「普通」の代表として用いられているのだろう。
ここではご飯の事だけ、書き連ねていく。
自分で作ったホットケーキから
偶然食べることができたふかひれのスープ(ツバメの巣のスープだっけ?)まで。
今までの食卓を振り返って思い出を掘り起こす。
お腹を空かせた学生も、夕飯を決めあぐねている奥様方も、一飯お付き合いいただければ幸いだ。
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七夕汁というものをご存じだろうか。七月七日の全国の給食に姿を現す醬油ベースのスープなのだが、恐らく多くの小中学生にとってインパクトに欠けるものだった。
意識していないと忘れてしまうような存在だったが、俺はいまだ鮮明に覚えている。
輪切りにしたオクラと薄くスライスした人参で星を表し、ゆでた素麵が天の川のように浮いている。これが七夕汁の基本形だ。ここから地域によってアレンジを加えたり、加えなかったりして学校に運ばれるというわけである。
この七夕汁の見た目というのが地味ながらもわびさびを醸し出しており、幼いながら日本人の食に対する対する情熱を感じ取ったのだろう、口に運ぶたび俺は涙を流した…。
————————全くの嘘である。
10分の休み時間にドッチボールをしに行ってた自分が普段の給食に感銘を受けて涙を流すことなんてあるわけがなかった。
「ちんちん」の一言で馬鹿みたいに笑っていた馬鹿男子だったのだ
風情もへったくれもありゃしない。
とはいえ七夕汁の旨さが驚くべきものであったのは事実だ。
オクラのぬめりがスープ全体の食べやすさを助長していて、ただでさえ喉を通りやすい素麺があんかけ風の食べ応えとなり、食欲が「加速」する。
醤油ベースのスープはくどさがまったくなく、ほのかに香る鰹節が自分が日本人であることを再確認させる。麵を掬う箸が止まらない。
俺はあの時、ダムになった。
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ところで、ここ最近地球温暖化が深刻化してきているようだ。幼少期の頃にはすでにその片鱗を見せており、七月七日は猛暑に片足突っ込んでいるような暑さだった。
三十度を超えることもしばしばあり、加えて梅雨の湿気が重なって夏バテの錦の旗を掲げているようだった。
もちろん友人も数名具合を悪くしていた。小学生の頃は自分が体調を崩していることにさえ気づいていないやつもいたが、中学生にもなるとそういうこともなくなった。
普段から体を動かしている運動部はあまりいなかったが、文化部は体調を崩す人が多かった。正体はただの夏バテとはいえ、食欲がなくなり給食を残す子がほとんどだった。
しかし七夕汁がここで刺さる。先ほども言ったとおり食べやすい素麺をさらに食べやすくしているため、死んだ魚のような眼をした友人が一口食べるや否や、みるみる目に光が戻っていったのは、今思い出しても面白いものだ。
(ちなみに七夕汁を取り上げたことからわかる通り、これを書いているのは七月七日、笹の葉さらさらである。
本当は笹を買ってきて短冊をつけたかったのだが、ホームセンターに売っていなかったので100均で売っていた謎の緑の棒にメモ帳を張り付けて代用した。
風情もへったくれもありゃしなかった。)
蛇足。