小説 やわらかい生き物 8
仮隣
[1]
「そろそろこちらでの仕事も終わるね、助かったよ、また頼むことがあった時には、よろしくお願いしますね。」
そろそろ盆になる頃に、僕の仕事は終わりになるようだ。また頼まれたら伺います、とすんなり言葉を返すことが出来た。
彼女と最後ランチを食べてから、僕は少し自分を見直してみた。
砂の落ち切った砂時計をひっくり返し、僅かながらに周囲に気を配り、その様子を見た。
自分には接点の無さそうなものから、小さな興味を持てるものまで、砂時計の砂を増やすように。
砂時計の砂を増やせば、3分から5分へ時間は延びる、僅かずつ増やして、疲れればまた減らして、砂時計を調節するように制作してみた。
それは、自分と他人はここまでと区切っていたものを少し拡げて見るようなものだ。
だいたい3分もしたら、どうしたらいいかわからなくなるものを、もう1分は相手の持ち物を見たり、さらに1分は持ち物に対して質問してみたり。それだけでも5分の砂時計に変化する。
出来なきゃ、それは、それでいいのだ。
人に相性がある。
人には自分の許せる範囲に入るか入らないか、理解を示すかどうかで、価値を共有できるか否かを判断してるのではないだろうか。
それが、共存であったり、コミュニティの作成に至ったりする。
だが、家族というのは、それこそ、選べるものではないし、親たる位置に存ずる者が方向性を示し導かない限り、ただの望まぬ者同士のあつまりだ。
これが、この国、最小の単位である、と言われているのも自分には合わない。
この最小の単位、意思疎通が出来てないというのだから、単位をあげて広げていけば、10人にひとり、くらいには誰か、気の置けない人にも会える。
10年にひとり、ということも、珍しくはない。
範囲を広げるというのは、それだけ人に関わる加速度も増すから。
好きだ嫌いだと判断する間もないすれ違うような出会いだったり、熟成期間かとも思う長い年月をかけて関わったり。
それでも、人は、ヒトの形をしている以上、他者との関係を絶つのも拒むのも、出来ない。
自分の中にも感情が生まれる。
羨ましい、寂しい、鬱陶しい、支えたい、頼りたい。
それは、完全にヒトを拒んだことがあっても、全く生まれない感情ではないと考えられる。
少なくとも、幼児期は、感情を与えられ、またそれに応える機会ではあったのだから、呼び起こされるのは、遡ればその時期の経験だ。
苦しくもあるけれど、培われたものは、その後変化させていくほか、ない。
[2]
電話が来た。
次の土曜日が空いてないかと。
土曜日は短い期間とはいえ、こちらで暮らしたぶん増えたものを「引っ越し準備」とする予定だった。
だから、夕方からなら大丈夫と、返事をした。
「突然すみません、お久しぶりですが…引っ越しですか?」
宮坂祐介くんは、目に見えて驚いていたし動揺していた。外で食事でも、と思っていたのだが、仮住居だし家具家電は据え置きの部屋だ、動かすわけでもないので、ゆっくりしていければいい、と呼んでみた。
「派遣、というか、取引先に出向いて来たから仮住居まで手配してくれて、助かるんだ。男2人なら好きな食べ物持ち込むのも、いいかと思って。」
「はー。てことは、もうその仕事、終わるんですか?え?元の場所って近いんですか?」
「近い…かな。新幹線は使う。あ、祐介くんとは久しぶりに会うから、何も説明してないんだ…ごめん。順番間違えた。」
「いや、今日アポ取って正解だったてことですね、そいじゃ、それぞれのリクエストのお酒を冷やしてる間に、しっかり何か食べましょうね~」
彼もしっかり食べる派だった。
おそらく今は珍しくないかもしれないが、とりあえずビール、とりあえず乾杯は珍しくなかった。苦手だった。
[3]
祐介くんは、米があれば炊いといて欲しい、と言ったのはこのためか、炊かれたごはんに合うものをそれは手際良く作り、二人して無言で食べた。地上波初登場の映画を観ながら。
「地上波に登場するの、早くないですかね…」
空いた皿を水に浸けておくためにCMを選んだ祐介くんが不思議そうに言った。
「映画って行きます?」と冷やした呑みものとグラスをくれた。
行かないなぁと僕は答えた、行くのはだいたいわかりやすい、R指定の付くような地上波では迂闊に放送するか悩むような、ホラー? サイコ?こう血がびしゃあーな。
「音量が合わない場合も多いからね…映画の良さを味わえないかも。」
「自分らも積極的には行かないけど、DVDで観る場合も、途中休憩入りますね~。
でも、テレビみたいなCMを挟まれると、たとえその5分であろうが僅かな時間に見るのをやめたりしてしまうんですが、集中力がないんですかね?」
「それは祐介くんが?朝陽さんが?」
にひひ、と笑って彼がいうには、とりあえずその場にいる全員なんだそうだ。
だから好きな番組は、観るが、だいたい録画なので容量を確保するのが大変らしい。
「集中して観れるのは、民放以外ですかね、時間的にも内容的にも。あと、アニメ」
「それは絶対肯定出来るし、僕にも自覚あるよ」
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