小説 やわらかい生き物 7
影響変化淘汰
[1]
「おや、一人?」
後日、というか、わりと足繁く例のカフェに食事に来ていたある日、宮坂陽菜と会った。
先に席に居た僕に彼女が気付いた形だが、相席することになった。
「今日は、一人?」と僕も尋ねる。
内心は緊張感が糸を張る。あれ以来会ってないし、連絡先を交換することもなく、しかもあの話の流れから、支払いは彼女がしてくれたのだ。
お礼の仕様もなく、ごちそうさま、などとありきたりな言葉で別れたものだから、これっきりだなと思いながら帰宅したくらいだ。
「兄と朝陽ちゃんは今日は病院、私は研究室に詰めてたからたまには外食でもと思ってね。」
そう言って注文を済ませると携帯を出してなにやらメモをする。そしてそれをこちらに差し出した。
受け取り見ると連絡先である。
「?」
「いや、あれっきりかと思ってたけど、今日こうして会うのも縁だから。それに、朝陽ちゃんのことがわかるってことは、あなたもなにかしらこの世界で困る事があるってことでしょう?」
言葉に詰まる。
この回答は、はい、か、いいえ、か。
宮坂陽菜さんは、ざっくりと外見を言えば美人だ。だが、理系を選択し研究室に詰めるだけあり、こう…なよなよとした…くねくねとした、今までよく見たな、という女性たちとは別に見える。
つまり、言いたい事は言うだろう、感情に任せたものの考え方はしないだろう、と推測し(失礼にもほどがある)こちらの連絡先も渡した。
でも、一応聞いておくのは礼儀だろう。
「交際してる人に誤解されない?」すると
「朝陽ちゃんと兄、どう思う?」逆に返された。
どう…って、どうだ。
見たまま言えば…「この先も一緒に居るのが当たり前に見えるけど」
と、応えると食い気味に
「そうよ、あれはもう10年以上も一筋なのよ、兄さんモテないわけじゃないのに朝陽ちゃんしかみないのよ。あの二人を見てるとね…なんかこう…誰かと付き合ってもなんか違うって思う私が居るわけ!気の毒!人それぞれなのに!兄さんのせいよ。」
しかもよ!と彼女は続ける。
朝陽ちゃんは、いい人だから好き、親切だから好き、なんて言ってんの!恋愛の好きとはなにかと考えちゃうじゃない?!
ひと息にそう発すると、コップの水を飲み干した。
圧倒される。
[2]
「なんだかね、考えちゃうの、誰か見つけてくれないかなぁ、誰かの気付かないものを自分は知ってるのよ~、とかね。」
まるでまだ世間知らずの夢見る子供みたいで嫌だなとは思うのよ~、などと陽菜さんはニヤッと笑うが僕は内心ドキリとした。
自分も時にそう考える。
普通に人が感じることに、疑問を持ち、自然に湧き上がらない気持ちがないことにがっかりする。
すんなりと理解できてしまうことと、納得が出来なくて受け入れが難しいことが、混在する。
そして、その納得いかない限り、消化不良のようにいつまでも残ってしまう。
陽菜さんが言う意味が、同じではなくても
、素直なのか正直なのかが、正しいか否かに疑問を持っているような部分は同じ様な気がした。
だから、こうなんだ。
そういうなにか納得いく理由を探してしまうのかもしれない。
「研究を続けているのも、そんな確実なものを探しているから?」
と尋ねてみると、そうかも、と真っ直ぐ見つめ返された。
「あぁでも、化学もそう確実なものばかりではないのよ~、何探してるのか時々わからなくなるわ。」
食事が運ばれたので、いただきます、と手を合わせお互い黙って食べ出した。
食事が静かでも会話がなくても問題がない。
たまに、窓から見える様子について、お互い少しの言葉を交わす。
僕には食事をしながら携帯をみたりすることは出来ない。簡単に言えば両立出来ない。
窓の外、もしくは目線の先の人物、内装などを見ながら食事を運ぶ。
線路や道路を見下ろせる喫茶店などに入ると、時間の許す限りは飽きもせず見続けてしまう。
これが、ひとり飯の原因とも言えるが。
陽菜さんはと言うと、紅茶を飲みながら、なんと、砂糖の容れ物を描いていた。
自分の周りには絵を描く人は居なかったので思わず見入ってしまう。
目線に気付いたのか、照れたように、えへへ、と笑った。
「スケッチと言っていいのか、教科書やノート落書きの延長みたいなものよ。」
「あぁ、でも、何を描いたか判る時点で、描き慣れてる…長いこと描いてるのかなとは思いますけど。」
「その代わりに完成形にはなりにくいのよね、誰の前でもやれないし、うーん、キミは朝陽ちゃんと居る雰囲気に似てるからかな。」
[3]
同じ場所、同じ時間を共有するのだから、相手を飽きさせないような、サービス旺盛もアリなんだけど。
相手への気配りも必要なんだけれど。
相手にも、自分にもペースがあるのだから、休む時には安める時間がいい。
笑い声や笑顔が、楽しいという目安ではないとしても、他に測る尺度はあるのだろうか。でも、なにか、言葉にならないものはどう解釈していいか、難しい。
お冷を足してもらい、しばらく、砂糖ビンのカタチが見えて来るのを眺めていた。
「僕は、なんだか、嫉妬とか、悔しいって人に対して向かう姿勢というのかな、そういうのが薄いんだ。」
前置きなく話してしまったので、 目の前の彼女は一度顔を上げたが、促す様に再度ノートに砂糖ビンを描きだした。
「羨ましいなぁとか、人はこう感じるのかなぁとか、実感がないんだ。まるで自分には共感性が無いみたいに。」
「現状満足と言うより、願うだけ無駄に見える、叶えてもらう、希望する こと自体よくわからないんだ。」
独り言のように口にするだけして、また窓から外へ視線を移していた。
なにを言いたかったんだろう、軽く、反省。誰かに言うことでもないのに。
「ごめんなさい」
目の前には妙齢の女性、マイペース過ぎました。
すると彼女はグイーッと残ったグラスの水を飲み、氷をごりごりと噛み砕いた。
そして
「砂時計と同じよ」と言った。
「刺激を与えないと、活動を停止している顕微鏡の中のものとも、同じよ」
「つまり、誰かの助けがあれば、砂時計はまた動き出すし、細胞は活動を始めるのよ、温度でも振動でも、圧力でもなんでも、セルフサービスじゃ変化はないの」
聞いたことのない回答が来た。
「人間の姿をしている以上、または人間の社会で暮らす以上、周りとの関係性は作られるのが必須。
でも、良くて自分に関わり、関係性を続けていくのは綱渡りのようなものよ。
ただ、なんにしても私はサンプルを集めて、それが全て無駄になるような事はしないわね、 統計を取る事もできる、その中に答えがあれば幸運だけど、無くても次に集める情報から除外して二度手間を省く。
あら、なんの話だったかな。」
「たぶん、刺激やなにかで物事が動く…と言うような…ものが最初だったかと。」
ああ、そうだった、ちょっとずれたかしらね、と呟くと手元の物を片付け、席会計のために店員を呼ぶ。
「あなたも、私達も、幸運だと思うわ。たぶん、物事を動かすきっかけを、お互い持ってる。決別する決定打がないうちは、縁を保つ価値があるわ。」
たいへん、スッパリとした言い分だ…。
正直、畏れ入る類だ。
でも、面白い。
その時はそれで別れ、次の約束もないのがまた、清々しい。
帰宅して思い出し笑いが出るほどに。
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