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小説 やわらかい生き物 9

転々と吉
[1]
ぼやぼやしているうちに、来週の予告になる、もう後半過ぎているのでただ流しているだけ。祐介くんにいたっては部屋に積んである本をめくっていた。

「聞き方悪いけど、今日何かの話があったんじゃ…」と僕が口にすると、彼はハッとして、今思い出しましたな表情をしていた。

「すみません、居心地良すぎてちょっと忘れてました。普段、人といるとこうならないんですがねー、えへへ~。」

手にあった本に適当な栞を挟み、とりあえず閉じた、あとで読み続けるつもりらしい。

「朝陽とたいすけさんは、似て異なるってのはわかるんですけど、大助さん、ご家族とはどうしてるんです?」

「結構核心突いてきたね?」

「て、事は問題アリ?」

「アリだよ、無い人のが珍しいよ、今まさに育ってる就学前の子供の家族だって「家族会」ってやつがあるでしょう。
僕や朝陽さんくらいの年齢までになると、アレだ、ドクターショッピングで疲れ果てるか、家族とは決別して分籍してる人だって居る、間柄が近いのが一番やり難いのは、 どんな問題でもそうだろうけど。」

正直当事者が一番ヘトヘトになって自殺なんて珍しく無い。

「朝陽さん、よくないの?」

「朝陽が、というよりは、僕が良くないらしいですね。僕は親族敵にしてるくらい、攻撃的らしいです。」
 少し意外な感じがしたが聞いていたら続けてくれた。彼も誰かに、聞いて欲しかったのかもしれない、自分の違和感を。

「自分は、言葉濁しっていうか、なにか含みながら、意を濁して伝えるのも、言われるのも苦手なんですよね。
よくわからないから、もう一度言って、ってなると最初とまた違う言い方したりする母とか叔母とか祖母とか嫌なんですよ。」

「俺、日本語下手なのかな…なにか齟齬があるように感じるし。」
少し苛立つような、諦めたような口調にもなるが、日本語が下手な人が会話に齟齬などという単語を用いるだろうか。

僕にも思い出されて嫌なことはある。
今からされる会話はその入り口にあたる。

[2]
僕らは当事者だろうか、それともただ少し似ている感性だけだろうか、話が通じるかなんて、僕にも賭けでしかない。それをいつも避けてきた、僕にも齟齬しかなかった。

それでも
「僕らは、同じ場所に居ない方がいいよ。場所を変え、関わる人を変え、僕らは、どこかにいる誰を見つけたいし、僕にもおなじ解釈で話ができる人が必要だし、苛立ちと同居を続ける限り、ダムが決壊する前に、決定的な言葉や何かが起こる前に、移動したほうがいい。」

強い口調で、相手を見ないまま、言うしかなかった。

かつて、僕が言われたように、僕が置いてきたように。

自分のその言い方で、自分がまだわだかまりがあるんだなぁと、気付いた。

今いる場所に着くまでに、あちこちで、探していた。
こんなに人が居るのに。
自分が居ていい場所に着いた気持ちがしないのは何故か。

「俺もそう思って、そろそろ朝陽と一緒に何処か行ってみるつもりです。」

祐介くんは 朝陽さんと一緒に行くんだ。
面倒みるとか、そういう意味で?

「今まで通り2人で行くんだ?」と疑問形…というより何故?と思いながら聞いてしまった。
 
「どっちかって言うと、朝陽のほうが、なんか…自分を見つけるの早そうっす。俺が付いていきたいって思う。」
 
「もしかして俺が気分害するんじゃないか、とか思ってます?
それくらい、はっきり言われたほうが、わかりやすいから、ありがたいですよ。
朝陽も言葉にするのに、時間掛かりますしね。
 選ぶ言葉は適切だと思いますが、待ち時間は長めです。」

あぁ、こんな時、心底羨ましい。

理解して、受けとめてくれる。
理解する、ということは、応用できるほど事実を咀嚼し、自分の一部として身についているとも言える。
自分以外が、自分のことのように。

「そっか。
 一応、専門家が言うには、特性を個性として社会に馴染める、または、それ、を活かして生活出来る人は勿論居るそうだ。
 だけど…現状、馴染もうと努力して、理解されないまま弾き出されてしまえばもう傷を負っている、立ち直ろうにも、二次的に鬱などの精神障害を負ってしまう、この場合は、もうその人にとってはハンデになるそうだよ。」

なるほど、というような顔をして祐介くんは言葉を返す。

「でもまぁ、強い個性か、邪魔になる個性かは、周りが判断する場合も多い、本人が制御できない場合もあるし、…どちらにしても、しばらくは生きづらいままかなぁ。」

少し間を取り「妹も、まぁ、個性強いですが…、あいつ、悪いやつじゃないですから、気が向いたら、話し相手になってください。」
そう言って、にひひ、と笑った。

時計を見るとギャァ、と呟き、そいじゃあ。帰りますねー、また!と、聞き返す間も無く出て行った。

しかし、朝陽さんが違う場所に行きたいと希望したのか、だとしたら、少し見誤っていた。
変化を嫌う人も多い。
女性であることもまた、周囲から変化を許容されない環境になってしまうこともある。

僕もなんだかんだ、その人をそのもの見る前に、「カテゴリー普通」ってものを用いていたんだなぁと気付いた。


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