小説 やわらかい生き物 5
巡り合わせ
[1]
昼食もまだと言うことで、ランチタイムに滑り込み、ピークを過ぎた店内の、ゆったりした席へ案内された。
値段も手頃だし、プランも豊富だった。
また来るかはわからないが、一人でもいいレイアウトで、僕としては気に入った店だった。
食事の注文も、あれこれ悩むのかと思った女性陣は早くに決まり、意外なことに彼が一番悩んでいたことには、笑みが漏れたし、初対面でのこの場の和みは、心地良かった。
手描きのメニューに、色鉛筆で描かれたメニューイラスト、窓にはそれぞれ違うグリーンが飾られた店内。
ヒーリング系のBGMが流れていそうなのに、聞こえてくるのは人の声と食器の触れ合う音、それでいて賑わうのとは違う。
1人の客も居れば、多くて僕らのような四人席、若い人も年配の方も各々時間を過ごしているようだった。
ランチは各々違うものを頼んでいて、それぞれの前に置かれた。
そして、何も乗らない皿が一枚追加された。
朝陽がその皿に、自分のランチを取り分けワンプレートにしていく。
そして、はい、いただきます、と食事が始まったのだ。
[2]
「はい、いただきます。」
まるで幼稚園、小学生のような挨拶を4人で行う。
行われたことに驚いたのではなく、僕の他にこの歳にもなって同じことを違和感なくする人間が3人も居たからだ。
それは、当たり前の挨拶だが、省略されたり声に出さなかったりする言葉だ。
自宅や限られた場以外で滅多に聞かない言葉だ。
それを、揃いも揃って初めて顔を合わせてなおかつ、名前すら名乗っていないのに。
しかも、僕以外、気付いていない。
この人らにはどれだけ日常なんだ。
だが、日常だからこそ、他の人との違いには気付くはずだ。
他人には、日常ではないことに、各々がそれぞれの場面で気付くはずだ。
いただきます、は、一人で呟くものだと、いつかどこかで学ぶのだ。
僕は、そう学んだ。
尚更、この3人に興味が出た。
他人に興味が出た。
[3]
だんだん可笑しくなってきた、食事をしているのに食事しかしてない自分たち。
当たり前だ。
食べながら喋れない。
口に物を入れて話はできない。
そんな当たり前なこと、でも、他の人はその難しいタイミングをこなしているんだ。それが難しいなんて、思う方が奇妙と、思える程に。
食事が冷めるとか、少しずつ食べると満腹感が早く来るとか、 それなりに問題をこなしながら、みんなは、食事をしながら会話を楽しむ。
このテーブルの四人は揃いも揃って黙って食べている、兄妹と思わしき二人は肉を寄越せ、野菜を変えろなど会話しているようだが基本静かな方だ。
その時、朝陽の取り分けたプレートを彼が手元に引き寄せた。
ああ、もうこれが、彼等のルールなんだ。会話を挟むならこれだなぁと僕から話し掛けた。
僕の食事は半ば終わっている。
「キミらには、決まり事があるの?」
僕の発言に、そうだよ~、と事も投げに応えたが、次にはハッとしたように、ごめん!と言った。
「自己紹介と事情説明にご飯に来たのに、私たち【ご飯食べて】るじゃん!あー、ごめん、ごめんなさい、…でも馴染んでるから気付かなくて…気を遣ってた?」
「いいや、僕も食事はこうなんだ。だから、むしろ、僕以外にこうしてる人に会う方が珍しい、だけど、可笑しくなっちゃって。
僕を、はたから見る人の気持ちが少し覗けた気持ちがした。」
そう、自分のことを客観的に考える事は出来ても、見ることはない。
他人の、自分にも思い当たることを、重ねて見ようにも限度はある。
どう思われ、どう見られてるかなど、気にし出したらキリがないから、止めていたが、ハッキリ言われた方が楽だとは思っていた。
「だから、居心地良かった。久しぶりに笑いたくなった。」
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