「ベルファスト」小春日和みたいな映画だった。
どうも、安部スナヲです。
ケネス・ブラナーといえばシェイクスピア俳優という安易な連想で、勝手にイングランド辺りの人だと思っていましたが、実際は北アイルランド出身だったんですね。
彼は9歳の時にイングランドに引っ越しましたが、それまではベルファストで家族と暮らしていました。
ちなみに1960年生まれ。ちょうどあの紛争が激化した頃のベルファストで幼少期を過ごしていたことになります。
【シリアスな戦争モノ?】
冒頭、まずは現在のベルファストが映し出されます。
湾岸地帯の空や海、そして街並みも、あの地域特有の鈍色を含んだ美しさに引き込まれます。
カメラがパンしながら、「あの壁」を越えると映像がカラーからモノクロに変わり、時代は1969年に移ります。
なるほど、この映画はモノクロだと知らされていたのに、オープニングがカラーなのは、この演出がやりたかったんだな。
路地で子供たちが遊んでいる光景、その中に主人公のバディ(ジュード・ヒル)がいます。
バディがふと、道の先にあるT字路に目をやると、何やら大人たちが騒いでいる。
不吉な予感を膨らませたバディの目線が、スローモーションで彼らを捉えた次の瞬間、暴徒の襲撃により見る見る街が破壊され、車は炎上。
一転してたたみかけるような緊張感に、息を呑みます。
そして暴徒たちは怒号まじりにこう言います。
「カトリックは出て行け!」
そう、彼らはプロテスタントの過激派グループ。
映画は、その後30年に及ぶ宗教対立を引き金とした「北アイルランド紛争」の殺伐とした襲撃シーンで幕を開けます。
これはなかなかヘヴィな映画だ、心して観るべし!
…などと気構えていましたが、シリアスなのはだいたいここまで。時間でいうとはじめの10分くらいの感じです。
あとはバディ少年とその家族やお友達との、お茶目でかわいい日常がほのぼのと描かれます。
殺伐と厳しい現実の中にあって、まるで小春日和みたいに。
【ヤンチャかわいいじいちゃん】
子供が主人公の家族モノで大事なのは、おじいちゃんとの関わりです。
バディの祖父・ポップ(キアラン・ハインズ)は、いつも哲学カブレな格言っぽい台詞でバディを諭しながら、時にちょっとズル賢い処世術も指南したりします。
印象的だったのは、バディが恋するクラスメイト・キャサリンのことをじいちゃんに相談するクダリ。
バディのクラスでは試験の成績順に席が決められます。
優等生のキャサリンは、いつもいちばん前の席。
キャサリンの隣りの席をゲットしたいバディは、次の算数の試験で良い点数をとる為にがんばります。
そんなバディに、ポップじいちゃんは、答案に数字を書く時はわざと雑に書けば「2」か「7」の判別ができず、正解にしてもらえる確率が上がる。なんて阿保なアドバイスをします。
これには「選択肢を増やす」「答えはひとつではない」という教訓めいた意味をも含ませていることが、あとからの発言でわかるのですが、ハッキリ言って、なんじゃそりゃ?です。
でもこういう飛躍する屁理屈が、おじいちゃんらしいですね。
この映画でのキアラン・ハインズは、私にとって映画史上No.1のおじいちゃん「リトル・ミス・サンシャイン」のアラン・アーキンにも通じる、愛嬌と無秩序さのバランスが絶妙なヤンチャかわいいっぷりを感じます。
こういうおじいちゃんは100点です。
【ヴァン・モリソン】
この映画の音楽は、ほぼ全編ヴァン・モリソンです。
何を隠そう、私が「ベルファスト」という都市の名を知ったきっかけがこの人。私にとってはヴァン・モリソンこそがベルファストの代名詞でもありました。
なのでオープニング、ベルファストの街並みとともに彼の歌う「Down To Joy 」という曲が流れた時点で、反射的に自動的に「おおー!これがベルファストかぁー」という世界に陶然と浸ることができました。
アイルランドの音楽といえばケルト民謡のテイストが特徴的で、ヴァン・モリソンの中にもそういった傾向の曲はありますが、劇中に流れる曲の多くは、彼の真骨頂であるR&Bです。
それは同時に60年代のイギリスやアイルランドのロック&ポップスの礎でもあり、そういった点でも、その時代のベルファストを感じさせます。
ヴァン・モリソンの曲との絡みで、劇中、最も好きなのは「Jackie Wilson Said」が流れるシーン。
前述した算数の試験で、見事クラス2位の成績を得たバディは、キャサリンの隣の席になるはずが、そんな時に限ってキャサリンの成績は3位。つまりバディの真後ろの席になってしまってトホホ…というシーンです。
試験結果を順次発表している先生が「第2位は…バディ!」と言った瞬間、バディの世界一しあわせな笑顔とともに、この曲の導入部「トゥルルトウットゥトゥルル♪」が流れた時は、こちらも釣られてバディと同じ顔になりました( ̄▽ ̄)
その後、隣にいるはずのキャサリンがいないことに気づき、「もしや?」という感じでそっと後ろを振り返る時の、笑顔から段々落胆に変わる表情のかわゆさがたまりません。
【Ever lasting love】
そんな愉快な日々とは裏腹に、プロテスタントとカトリックの紛争は不穏な影を落とします。
バディの家族はプロテスタントで、父(ジェイミー・ドーナン)はカトリックを襲う過激派グループのリーダー・ビリー(コリン・モーガン)から、何度も卑劣な脅しに近いやり方で、グループへの加担を促されます。
大好きな人たちが暮らすベルファストは、日に日に安住の地から遠くなって行く。
彼は出稼ぎ先であるロンドンへ家族で移住する提案をしますが、愛しい故郷への想いが深い母(カトリーナ・バルフ)は、スンナリと首をたてに振ることができません。
父、母、おじいちゃん、おばあちゃん、そしてバディ。それぞれ想いや葛藤が交錯した末、遂に移住を決意します。
そしてベルファストを離れる前に訪れた、もうひとつの「悲しい別れ」の後、バディと家族はキャバレーのようなところで歌い踊り、楽しいひとときを過ごします。
そんなクライマックスで流れるがこの曲。
音楽のメインはヴァン・モリソンですが、当時のイギリスで大ヒットしたラヴ・アフェアー(イギリスのロックバンド)のこの曲を、劇中では父が歌う格好が取られています。
「Ever lasting love(永遠の愛)」
いろいろあったけど、すべてを希望へと導いてくれるような気にさせくれる、劇中、最も重要な曲です。
【貧しくてもエレガント】
そしてシメを飾るのはこの人、グラニーばあちゃん(ジュディ・デンチ)です。
出演している役者さんたちは、みんな素晴らしいですが、やっぱりその中でも群を抜いた存在感、表現力だと感じました。
個人的に、スクリーンでジュディ・デンチをみるのは、007「スカイフォール」(2015)以来ですが、本作でのグラニーは、英国諜報機関の司令塔「M」というイカつい立場とは真逆の、貧しくて素朴なおばあちゃんですが、気品と貫禄はMに勝るとも劣りません。とてもエレガントなんです。
1934年生まれの彼女は、出演が決まった時点で、もう思うように目が見えない状態で、ブラナー監督に脚本を音読してもらってストーリーを捉え、役に挑んだそうです。
彼女は、映画の背景となった「あの頃」のことをよく憶えているといいます。
だからこそなのか、彼女が最後に放った「Don't look back(振り返らないで)」という言葉は、実感を伴ってズシリと来ました。
出典:
映画『ベルファスト』オフィシャルサイト 全国絶賛公開中!
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