「MINAMATA」今年はこれ以降、もう楽しい映画しか観ません。
どうも、安部スナヲです。
日本で教育を受けた人であれば、たいてい小学校の社会科で水俣病のことを教わるでしょう。
問題意識は人それぞれだと思いますが、私の場合、正直いって教科書の数ページの出来事として見送ってしまっていました。
考えてみれば、高度経済成長期に加速的に発展した産業の恩恵を浴びるほど受けて今に至る私にとって、その裏側で苦しむ人たちの実情を知ることは、せめてもの義務であるといえるかも知れません。
今回、この映画を観たことによって、今も解決していないこれらの問題について、思い直す機会を得ることが出来ました。
それはそれとして、この映画は写真やカメラが好きな人の琴線に触れるポイントもたくさんありますので、それも交えつつ、記事にてお伝えしていきたいと思います。
報道版パイレーツ・オブ・カリビアン?
私は写真が好きなこともあり、ユージン•スミスがどんな人物なのかを知っています。
なので公開発表時の予告動画で、「MINAMATA」というタイトルと合わせて、カメラを手にした、あの佇まい(ベレー帽、メガネ、髭モジャ)のジョニー・デップを見た瞬間、それがユージン•スミスであり、同時にどんな映画なのかがわかりました。
©️2020 MINAMATA FILM, LLC
©️Larry Horricks
ジョニー・デップasユージン・スミス
このキャスティングの妙にも驚きましが、後にこの映画はジョニー・デップ自身が製作者で企画推進の立場であると知り、さらに驚きました。
押しも押されもせぬハリウッドスターが、いろいろと複雑な問題を抱えるこの題材に挑む、そのモチベーションとはいったい何なのだろう?
実はこの映画に取り組む前から、彼はユージン•スミスという写真家に憧れを抱いていたそうです。ユージンについてより深く調べる過程で、元妻アイリーン・美緒子・スミスさんとの水俣での活動を知って感銘を受け、同時にその「事実」に驚愕したといいます。
彼は2020年のベルリン国際映画祭の記者会見で、こんなことを語りました。
「一人の関心を持つ者として、この歴史は語り継がれなければならないと思いました。映画の力をフルに活用して、伝えたいメッセージを発信することが我々の願望でした」
ユージンが写真を通じて、世に問うたことを、彼はひとりの映画人としてやろうとしたんですね。
その心意気だけでも、感動に値します。
そして奇しくも、というべきでしょうか、「パイレーツ・オブ・カリビアン」で、顔がタコの足みたいになってるディヴィ・ジョーンズ役としてジョニー・デップと共演したビル・ナイ。
出典:www.amazon .com
この映画では、アメリカの写真報道誌「LIFE」の編集長を演じています。
©️2020 MINAMATA FILM, LLC
©️Larry Horricks
ビル・ナイas ロバート・"ボブ"・ヘイズ
アル中で、だらしなくて傲慢なユージンを嗜めながらも、彼を信じて水俣病の特集記事に賭ける男気のある役です。
ちなみにビル・ナイもこの映画のプロデューサーのひとりであり、製作面でもジョニー・デップを支えています。
ユージン・スミス愛用のカメラ
この映画は写真家の物語でもあるので、映像演出やカメラにも相応のこだわりを見せています。
まず劇中でユージンが使うカメラも、それを忠実に再現するため、当時の税関申告書を調べたそうです。
ユージンが水俣での取材で主に使用したカメラはミノルタのSR-T101という一眼レフです。
出典:camera fan
これは日本に訪れたある時、自前のライカ一式が盗まれたので、ミノルタが提供してくれたものです。
フィルム調の絵づくり
映画そのものの撮影にはSONYの「VENIS」というカメラが使用されました。
出典:www.sony.jp
このカメラは映画用ですが、撮影では敢えて写真用レンズが使われています。さらにはユージンがニューヨークでだらしなく燻っているシーンまでは、コダックフィルム調。アイリーンとともに水俣を訪れたシーンからは富士フイルム調の絵作りがされているそうです。
といっても、何のこっちゃ?って感じですよね。
コダックと富士フイルムのちがいは、相対的イメージで語られることが多い気がしますが、両者色んな種類のフィルムがあり、一概にいえません。
単に私が映画から受けた印象をいうと、どちらもクールめな色調ですが、後者(日本シーン=富士フイルム)の方はややブルーやグリーンが強めに見えました。
©️2020 MINAMATA FILM, LLC
©️Larry Horricks
©️2020 MINAMATA FILM, LLC
©️Larry Horricks
この映像のつくり手としては、当時のアメリカと日本、それぞれ象徴的な質感を再現することが狙いだったのだと思います。
衝撃の水俣病ドキュメンタリー映像
劇中、チッソへの補償要求運動を行っているグループのひとりであるキヨシ(加瀬亮)が、水俣病被害に纏わる一連の状況をシネマカメラで記録しています。
©️2020 MINAMATA FILM, LLC
©️Larry Horricks
加瀬亮asキヨシ
映画ではそれも忠実に再現するように、キヨシがカメラを回すシーンでは、その当時実際に水俣病のドキュメンタリー映像の撮影に使われた「ボレックス」 というカメラと16mmフィルムで撮った動画がインサートされています。
出典: http://www.crane.gr.jp/toy/BOLEX/index.html
この演出により、撮影した人の「目線」を否応なしに感じさせられます。
おそらく、その動画のオリジナルは、水俣病の記録映像として、これまで多くの人が見ていると思います。
はじめは学校で見せられたのか、テレビで見たのかは憶えていませんが、私もあの水俣病患者や水銀を摂取した猫が痙攣し悶えている白黒映像はハッキリと憶えています。あれは終生トラウマになるほどの破壊力でした。
それを撮った人が、どんな想いだったか。
そのことを、まさか今になって、こんなに実感を伴う形で知ることになるとは思ってもいませんでした。
写真家は写真を撮ることで戦う
劇中、ユージンがアイリーンに言った「感情的になるな、伝えたいことに集中するんだ」という台詞に、この映画に込められたメッセージが集約されていると感じました。
水俣病と、その原因をつくった企業・チッソと戦う人たちの怒りは、決して感情なんかではありません。人としての尊厳を守るため、その悲願を成就させるために彼らは声を上げ続けたのです。
ユージンは写真家として事実を伝えるにあたり、冷静な客観性を持つ必要もあったのでしょう。
そしてユージンは取材中、チッソの社員から暴行を受け、重症を負います。
その事件後、ユージンとアイリーンは暴行をした人に会わせて欲しいとチッソに交渉しましたが、結局会うことはできませんでした。
しかし、ここで彼らはあらためて、本来自分たちはどう戦うべきかということに立ち返ります。
それについて、映画パンフレットのインタビューで、アイリーンさんご本人がこのように語っています。
きっと写真を撮るのを止めさせることが向こうの目的だったでしょうから、撮り続けることに専念したんです。そうやって写真集「MINAMATA」を作り上げました。
©️Machi Kunizaki/Huffpost Japan
現在のアイリーン・美緒子・スミスさん
そうです!写真家は写真を撮ることで戦うべきなんです!
その志を貫いたからこそ、水俣病は世界中に広まり、さらにその写真集を元にこのような形で映画化され、今の時代にも多くの人に考える機会を与えました。
これほど尊いことがあるでしょうか。
何だか今回は、終始かしこまった真面目な調子になってしまいました。
このブログは、どちらかというとおもしろおかしく読んで欲しいと思っているのですが、映画の内容が内容なだけに、いつものようなオヤジギャグは封印しました。
ちょっと真面目になり過ぎたので、最後にひとつだけ、和む話をお伝えします。
ユージン・スミスは、ずっとオヤジギャグみたいなことばっかり言ってる人だったとも、アイリーンさんは語っています。
もしそうなら、ユージンになれそうですな笑笑
…おそまつ(^◇^;)
映画「MINAMATA -ミナマタ-」劇場パンフレット
【そえまつ映画館】#39 「MINAMATA」を映画評論家の添野知生と松崎健夫が語る!