心の原風景「夕焼け小焼け」
「春はあけぼの」で始まる『枕草子』で、清少納言は続けて「夏は夜」「秋は夕暮れ」「冬は早朝」としたためました。
毎日、あたりまえのようにやってくる夕方ですが、確かに秋はいつもより趣が深く、ちょっとセンチメンタルな気分になったりします。
夕焼けを眺めながら抱く感情は、人それぞれでしょう。
知り合いの元大学講師の女性から聞いた話です。彼女は80歳を超えたいまも福祉活動に取り組んでいる、とてもお元気なおばさんですが、10年ほど前に長年連れ添ったご主人を亡くされ、呆然自失となったそうです。
そのとき、友人にすすめられてアメリカのナバホ自然公園を巡るツアーに一人で参加。ロサンゼルスからラスベガスに飛び、そこから10日間の日程で、友人知人もなく外国人に交じっての〝一人旅〟です。
英語が充分に話せるけでもないけど、さいわい、大自然は言葉を必要とせず、日々、視界いっぱいに広がる景色と身体のなかを吹き抜けていく風に、生きる力が満ちてきて…。
旅の終わりに、グランドキャニオンの夕陽が待っていました。
雄大な岩山を朱色に染めて沈んで行く太陽。大パノラマのただなかで彼女も全身朱色に染まりながら涙が溢れでたのでした。そして、ご主人の死を受けとめ、一人で生きていく決心をした、と振り返っていました。
私にはこのような劇的な体験はありませんが、言えるのは大自然のなかで言葉もない時間を過ごす日々が、彼女に生きていく覚悟をくれたのでしょう。
ただ一般的に、秋の夕暮れはときに昔の淡く切ない思い出を呼び起こすのではないでしょうか。「あの人はいまも元気かな」と。
夕焼けを含めて秋をテーマにした楽曲は、失恋や別れを歌ったものが大半で、唯一、唱歌・童謡だけは心あたりまる優しい歌が多い。
ネットを検索すると“夕焼けソング”の括りがあるほどたくさんの曲があるけど、まあ、この歌にまさるものはないかと。
「夕焼け小焼け」(作詞・中村雨紅、作曲:草川信)
夕焼け小焼けで日が暮れて
山のお寺の鐘がなる
おててつないでみなかえろう
からすといっしょにかえりましょ
子供がかえったあとからは
まるい大きなお月さま
小鳥が夢を見るころは
空にはきらきら金の星♪
山寺の鐘の音やカラスの鳴き声、茜色に染まっていく秋の夕暮れ…短いなかでこれほど秋の美しさを描写した歌はないでしょう。
夕焼け小焼け オカリナ演奏 (youtube.com)
(okarinaゴロゴロさんのオカリナ演奏。画像も素敵です)
現実にはもう存在しない、日本人の心の原風景かもしれませんが、子供にとって歌うことがそのまま情操教育になるので大切に歌い継ぎたいですね。