母とは「待ち続けてくれる人」
ずいぶん昔の話ですが、テレビの歌謡番組で一緒に歌っていた鳥羽一郎・山川豊の兄弟が途中、涙で歌えなくなるシーンを目撃したことがあります。
ふたりが育った漁師一家のお母さんを歌った内容で、弟の山川さんが感極まって泣きだし、兄の鳥羽さんがその背中をさすりながら最後まで歌い切ったのでした。
「プロならしっかりと歌え」とテレビの画面に毒づきながらも、もらい泣きしたのですが、歌のタイトルはわからないまま月日が過ぎました。しかし、最近、youtube でそのシーンを発見、歌のタイトルもわかったのです。
「海の匂いのお母さん」(作詞・田村和男、作曲・船村徹)。鳥羽一郎さんの歌だったんですね。
海の匂いがしみこんだ
太い毛糸のチャンチャンコ
背なかをまるめて カキを打つ♪
70歳まで海に潜っていた働き者のお母さん
山川さんは歌い出しから涙腺がゆるゆるです。兄弟の出身地は三重県鳥羽市の海沿いの小さな港町。父は漁師、母は海女の漁業一家で育ち、70歳まで海に潜っていた働き者のお母さんが一家を支えていたとのこと。
母さん 母さん お元気ですか
案じております 兄貴とふたり♪
映像をみると兄の鳥羽さんは笑みを浮かべながら堂々と歌っています。長男と次男の違いか。母の愛のありがたみは一緒でも、感じ方は当然異なりますから。3番の歌詞。
遠く離れた子供らに
海の匂いをくれた母
わたしは手紙が下手じゃけど
母さん 母さん 黙っていても
伝わりますとも あなたのこころ♪
最後まで顔を上げられなかった山川さんの姿から、お母さんへの想いの深さが伝わってきて感動しました。
「海の匂い」をくれたお母さんは平成23年(2011)、79歳で逝去。なお、それ以前のNHK紅白(2005年)で、ふたりは「海の匂いのお母さん」歌っています。
人間の五感のなかで嗅覚は最も原始的であるがゆえに、ずっと記憶に残りやすく、情感を揺さぶるのだそうです。
子供は生まれる前から母親と一緒、生まれてからも幼児期はほぼすべて母親の世話を受けて育つわけですから、母親の「匂い」が記憶に強く刻まれるのも当然かもしれません。
人それぞれに「おかあさん」から連想される「いいにおい」があるはず。童謡「おかあさん」(作詞・田中ナナ、作曲・中田喜直)で女の子が問いかけている「いいにおい」はシャボンや玉子焼きではないと思うのですが。
さて、鳥羽・山川兄弟のお母さんが亡くなった平成23年(2011)、77年間の芸能生活に終止符を打った「母」がいます。
二葉百合子さんです。
芸能に疎かった私も、二葉さんの「岸壁の母」は知っています。テレビの歌謡番組で聴いただけですが、それでも画面から伝わってくる“迫力”は半端ないものがありました。
母は来ました 今日も来た
この岸壁に 今日も来た
とどかぬ願いと 知りながら
もしやもしやに もしやもしやに
ひかされて♪
「岸壁の母」とは、「第2次世界大戦後、ソ連による抑留から解放され、引き揚げ船で帰ってくる息子の帰りを待つ母親をマスコミ等が取り上げた呼称」(ウィキペディア)。
舞鶴港(京都府)の埠頭に佇む端野いせ(故人)もその一人で、彼女をモデルとして作られた楽曲です。作詞・藤田まさと、作曲・平川浪竜。昭和29年(1954)、テイチクレコードから発売され大ヒット。
帰らぬ息子を待ち続ける「岸壁の母」
歌手は菊池章子(故人)。てっきり二葉さんのオリジナル曲と思っていたので意外でした。地方公演を続けるなかで「岸壁の母」を歌っていたそうで、昭和47年(1972)にシングルとして発売され、空前の大ヒットとなり、後に映画やドラマにもなっています。
浪曲師としてスタートした二葉さんは、曲の間奏にセリフと浪曲を入れる、「歌謡浪曲」というスタイルを確立。「岸壁の母」でもこれを取り入れたのでした。
それにしても、なんと切ない歌でしょう。
母を想う曲はたくさんあり、パッと思いつくだけでも「みかんの花咲く丘」「かあさんのうた」(童謡)、「おふくろさん」(森進一)、「母に捧げるバラード」(海援隊)、「ヨイトマケの唄」(美輪明宏)、「秋桜」(山口百恵)、「無縁坂」(さだまさし)、「未来へ」(キロロ)など、いずれも温かく、やさしく、偉大で、強い、母への尊敬、感謝を歌っています。
「岸壁の母」の帰らぬ息子を待ち続ける姿は哀しすぎる。けれども、帰らぬ息子を待ち続ける姿は「母親」とはどういうものかを黙示しています。
「母の子を思う心念(しんねん)」(二葉さん)。母とは「待ち続けてくれる人」だからこそ、子供にとってありがたく、慕わしいのです。
80歳を機に引退した二葉さん。坂本冬美、藤あや子、原田悠里、石原絢子、島津亜矢さんらお弟子さんは錚々たる歌い手ばかりです。
2021年8月14日、90歳になった記念に五木ひろしさん司会のBS番組にお弟子さんらと出演されました。ご健勝をお祈りします。
最後に、数ある「母を想う曲」から「未来へ」のオカリナ演奏を。
おかあさん。なんとすてきな響き! 地球上でいちばん好きな言葉。
今回はマザコン全開だなぁ(男はみんなマザコンなのさ)。
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