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うらうらと「津軽のふるさと」
先月の東京出張ではお世話になった昔の先輩とン十年ぶりに会いました。
元同僚3人も来てくれたのですが、それぞれ仕事があり、結局、カラオケをすることに。60、70歳代のおじさんたちが歌う曲はほとんどナツメロで…。でも、改めて「歌は思い出を連れてくる」を実感しました。
一人が歌った「真っ赤な太陽」を聴いて、半世紀前の記憶が甦ったのです。
「真っ赤な太陽」といえば、美空ひばりのヒット曲のひとつ。私が高校1年生のころ、当時流行していたグループサウンズ(GS)のブルーコメッツと演歌の女王の組み合わせが斬新で、話題になったのを覚えています。
高校時代、尊敬する世界史の先生がいまして、クラシック音楽にも造詣が深く、当時としては珍しい、男性でピアノが弾ける、という憧れの存在でした。その後、休職してヨーロッパへ留学されましたが、それはともかく。
前後の経緯は覚えてませんが、ある日の授業で先生は突然こう言いました。
「美空ひばりは天才である」
いまなら、史上最高の歌手という評価に一点の疑問も持ちませんが、歌謡曲を一段下に見ていた高校生の私はびっくり。以後、歌謡曲を見る目が変わったのはいうまでもありません。
さて、時が流れてオカリナを吹くようになった私は、youtube で音楽関連の動画を観るようになり、そのなかには当然、美空ひばりの歌もありました。
改めていうまでもなく、彼女にはヒット曲がたくさんあります。「港町十三番地」から「柔」「悲しい酒」、晩年の「愛燦燦」「川の流れのように」まで、いずれも素晴らしい名曲ぞろいです。
数多ある曲のなかから1曲だけ選べといわれたら、私は「津軽のふるさと」をあげます。作詞作曲は米川正夫。私の生まれたころに出た古い曲で、オカリナを始めるまでその存在すら知りませんでした。
りんごのふるさとは 北国の果て
うらうらと 山肌に抱かれて
夢を見た あの頃の思い出
ああ 今いずこに
りんごのふるさとは 北国の果て♪
胸にしみ入る、まさに絶唱です。津軽は私にとって縁もゆかりもない地ですが、この歌には懐かしい“ふるさと”がありました。初めて聴いたときは、涙ぐんでしまったほど。
同じような思いは私だけではないようで、我らが藤原正彦先生(エッセイスト、数学者)も著書のなかでこう述べていて、意を強くしました。
──十五歳というのに、懐かしさという深い情緒、有限の時間の後に必ず朽ち果てる、という人間の宿命に根差した根源的悲しみを、完全に理解していたのである。ひばりは、「情緒を深く理解し、見事に表現する」という意味での天才だったのだ。
「津軽のふるさと」は、松山千春をはじめたくさんの歌手がカバーしており、コンサートでも披露されています。私も楽譜を取り寄せ、折りにふれて吹いているのですが、自分なりに納得のいく演奏はできていません。
(小林洋子さんのコンサート演奏)
「“懐かしさ”という、人間のもつ極めて深い情緒を、しっかりと理解し、歌を通して表現する」(藤原正彦氏)のは、たんなるテクニックだけはできません。オカリナという楽器ではなおさらでしょう。