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銃を愛すアメリカ人。トムと銃と選挙について語った -2020年アメリカ大統領選に寄す-

2020年11月。4年ぶりのアメリカ大統領選挙が行われる。

民主党候補者の熱く洗練された演説。それに応じるかのようなトランプ大統領特有の強くあけすけな表現。アメリカは11月に向け世界を巻き込みながら熱さを増しやがて沸騰していくのだろう。

ただ私はアメリカ大統領選の結果予想や各候補者の評論はしないつもりだ。私はただ、かつて同じオフィスで机を並べたアメリカ人。トム・マッケンジーとの個人的な交流ついてここで語りたいのだ。

私は数年間あるアメリカ企業に勤務しているが、トランプ大統領が当選したあの年は日本国内の地方オフィスで働いていた。

トムは契約社員としてやってきたのだった。

トムはおそらく40代後半。身長は180cmを軽く超え、身体は柔道家のように鍛えあげられているが、顔立ちはとても柔らかく愛嬌があり、まるでスヌーピーのチャーリー・ブラウンがおじさんになったような、そんな雰囲気だった。肌は淡く、短くカットされた髪は金と白が入り混じる。そしていつも季節に関係なく野球帽をかぶっていた。

トムは入社の日、オフィス付近で迷ってしまっていたようだった。ちょうどタイミングよく出社してきた私に印刷してきた地図を見せながら「このオフィスはここであっていますか」と日本語で尋ねてきた。

私はオフィスへ案内した。そして彼は自己紹介としてこう言った。

「私はトム・マッケンジーです。アメリカのアラバマ出身。ヒルビリー(Hillbilly)でレッドネック(Redneck)」

私はアメリカ企業に数年勤務はしているが、実際にアメリカに住んだことはなく、英語のレベルはお世辞にも高いとは言えない。ただ業務上必要なため、日常的に英語を使うこともあるが『ヒルビリー』と『レッドネック』という単語を聞いたのはその時が初めてだった。

私が、知らない単語だ、という表情をしていることを察したのかトムはこう言った。

「田舎者というような意味です。日本語だとヤンキーに近いかな」

トムは妻が日本人だ。そのため日本語もよく知っていた。私は「アメリカ人のあなたから『日本の意味でヤンキー』と言われると何か不思議です」と返答した記憶がある。

『ヒルビリー』と『レッドネック』。

両単語を改めて調べると、複雑な意味を含む言葉であることがわかった。私は辞書的な意味だけではないその言葉に対する、ネイティブスピーカーの感覚が知りたかったため、社内で比較的親密なアメリカ人に「レッドネックってどういうニュアンス?」と聞いてみた。すると「あまりそれ言わないほうがいいよというニュアンス」と返答された。そういう言葉だ。

私の会社では、いわゆる多様性尊重という『インクルーシブ』な社内文化を必須としている。そして私もそれに強く賛成している。そのためあらゆる蔑視表現は日本オフィスであろうと他国オフィスであろうと耳にする機会はこれまで無かったし、もちろんわざわざ使う必要も無い。

ただ反面、トムは自分がレッドネックでヒルビリーであるということ(改めて言うが彼の自称だ。また私も自称だからといってその種の言葉を使用していいどうかは別問題であることも自認している)を楽しんでいるようだった。例えば街中を歩いていると「Redneck Dream」と書かれた帽子を見つけ出し「コレおもしろいね」と言い購入していた。

また彼は銃をこよなく愛していた。私は彼とそれや政治感について語ったことをここに記録したい。銃を肯定するアメリカ人の感覚を日本にいながら直接聞く機会はなかなか得られないだろう。

約1年にすぎないが同じオフィスで仕事をした愛すべき友人、トム・マッケンジーについて記す。

ー トムと発音 ー

トムの苗字『マッケンジー』は『Mackenzie』と表記する。名前にMac及びMcが含まれると「マク〜」や「マック〜」と読む。アイルランド系の祖先にたどり着くというのは日本でもよく知られた話だ。

ある日、トムと昼食へ行こうということになり、ではどこにという話になった。

トムは英語で「I know...super super nice Irish restaurant...(僕。とってもとっても素敵なアイルランド料理のレストランを知ってるんだけど…)」と言った。彼は何かを強調したいとき「super super」と言うのだ。それは『シューパー シューパー』に聞こえる。『シュ』を強めるのだ。

その時の彼の語感はまるで高級レストランを紹介するかのようだった。私もアイルランド料理の専門店があるとは知らなかったなと思いながら、日本語で「へぇいいね。それどこにあるの」と返答すると彼は満面の笑みでこう言った。

「McDonald's!(マクドナルド!)」

このジョークは私も海外からの日本旅行者に「おすすめのレストランある?」と聞かれた時、たまに拝借しているがほぼ確実に打ち解けることができ、コミュニケーションのきっかけにもなる。

またある日、トムは「僕の発音は数字の『ナイン』が『ニーン』に聞こえることがあるかも。聞き取りにくかったらごめんね」と言った。そしてトムは続けて「ちなみにニュージーランドのアクセントだと『シックス』は『セックス』に、『セックス』は『シックス』になるんだよ。でもアメリカでは『シックス』は『シックス』。僕の友人で『シックスピストルズ』という『セックスピストルズ』のコピーバンドをやっていた友人がいたんだよ。彼らがニュージーランドに行ったらどっちがオリジナルがよくわからなくなっちゃうよね!」と言った。ちなみにトム自身はカントリーミュージックが好きだ。

ー トムとピストル(銃) ー

トムはピストル、いや彼は『ガン』と言っていたが、とにかくそれを愛しているようで、知識が豊富だった。そして「趣味はガンシューティング」とカジュアルに言うため、銃を触ったことすらない私にとって違和感があったことを覚えている。なお彼が言うガンシューティングは日本のようなプラスチック弾のそれではなくアメリカ国内の射撃場で実弾を撃ちまくるものだ。

その時期、ユニバーサル・スタジオで『電子銃を使いこなし生き残ることができるか』というバイオハザードの催しをやっていたのだが、彼はそれにとても行きたがっていた。社内の有志で行ってみようかという話にもなったが、結局行く機会がなかったのは残念なことだ。トムが「ユー・エス・ジェイ。めっちゃ行きたいです」とアニメのチャーリー・ブラウンのような口調で言っていたことを覚えている。

私は銃に関する諸事件を報道を通じてではあるが目の当たりにしているため、今でも銃規制は必要だと考えている。

ただ、トムと接したことで初めて銃を愛すアメリカ人の感覚が少し理解ができた気がする。銃はトムにとっては殺傷のためのものではない。アメリカ開拓の象徴であり、生まれた時からそこにある、いわば文化の一部なのだろう。祖先が未開の地を開拓し、狩猟をし、かつ彼の大好きなバーベキューを楽しむための道具だ。もしかするとそれは特定の日本人が刀を保有し愛でることと近い感覚なのかもしれない。彼らにとって刀は日本文化を表する品であるはずだ。トムにとっても銃を失うことは文化の否定、剥奪に等しい感覚なのではないか。

さて銃について、トムは彼の妻と父との狩猟に関する話をしてくれたことがあり、この話がまた忘れられない。

「僕の奥さんは日本人で僕のパパとも仲良し。アメリカに帰った時、みんなでハンティングに行って小さいウリボーを捕まえたんだ。僕の奥さんがかわいがって「また来た時に会おうね!」ってバイバイして日本に戻ったんだけど。しばらくしてパパに電話した時「あのウリボー元気?」聞いたらさ。「とっても美味しかったよ」だって! It’s super super funny !」

銃に関しては、私も真っ向から肯定はできないものの、彼らの文化を尊重しつつ、銃にまつわる映画『ダーティハリー』や『007』の話などをするようになった。トムと盛り上がるのは70年代から80年代の映像作品だ。

ートムと政治ー

トムは特に80年代アメリカに対しての懐古があるようだった。ロナルド・レーガンの時代は最高で、彼が理想の大統領だと言っていた。もちろんトムはロナルド・レーガンが所属していた共和党集会にも参加していた。

2016年はご存知のようにトランプ大統領が当選した年で、民主党のヒラリー・クリントン、共和党のドナルド・トランプ両候補が選挙戦を繰り広げた。私は両者についてどう思うかトムと話をしたことがある。

まずドナルド・トランプについて。トムはトランプのような人物が注目されることはとても悲しくもっと良い人物がアメリカにはたくさんいるよと言った。私も記憶が曖昧なのだが、彼は恐らくプロテスタント系の宗教家をその名に挙げた気がする。私も全く聞いたことがない人物名ですっかり忘れてしまった。

彼と宗教については話す機会が無かったが、彼はお酒も一滴も飲まずに、妻以外の女性の話はなんとなく控える雰囲気があった(ただニコール・キッドマンの話だけは私と盛り上がった)。それは宗教上の理由だったのだろうか。私もアメリカと宗教については本やウェブ上の知識程度しかないためこれは判断のしようがない。

さてヒラリー・クリントンについて。トムは民主党は陰謀が渦巻く恐ろしい党と考えているようで、ヒラリー・クリントンはとても危ない人物だということや、合わせてアル・ゴアも非常に危険だと言っていた。「She/He is really really scare...」と。彼にとっては「really really」なのだ。それはそういうものだと刷り込まれているかのようで、私に「なぜ彼女/彼が恐ろしいのか」と質問をすることを控えさせる雰囲気があった。そこに論理的な理由は無いように思えるからだ。

あの雰囲気から察するに、おそらくどんなに民主党政権がトランプ大統領を弾劾しても、トムはそれが民主党に仕組まれた陰謀の一部であり、大統領を陥れるための恐ろしい計画だと思うだろう。恐らくトランプ大統領の弾劾裁判は、民主党がその支持者や海外に対し大統領の違和性を訴えることにはなったが、トムの仲間たちにとっては、それはかえって結束を強めることになっただろう。私のような外国人が理屈で考えると、民主党候補者の方が彼らの生活を改善してくれる気もする。ただ理屈ではないもっと根深いものなのだと思う。

2020年の大統領選挙の行方や投票者の分析は識者の方々へお願いしたい。ただ私のフィルターを通したトムの目には、民主党の議員たちは恐ろしい陰謀を企て、既得権益者だったトムたちの収入や職、そしてもしかすると銃を剥奪する人達に見えるのだろう。しかしながら悲しいことにもうレーガンの頃には戻れない。大量生産大量消費で成長するような時代ではない。そしてそれは日本も同様だ。

ートムの送別ー

トムと同じオフィスで働き約1年後、彼はアメリカに帰国することになった。

幸いなことにトムがアメリカ時代に働いていた会社の上司がぜひと推薦してくれたようで次の仕事はすぐに決まった。トムの人柄は素晴らしく、こうした時にすぐに声をかけてくれる人がいることは納得ができた。

トムの送別会として、オフィスのメンバー数人で、彼の好きな射撃が日本でも楽しめるモデルガンのシューティングバーへ行くことになった。

私は銃を使った遊びへの抵抗感があったが、トムの送別のため参加することにした。そして少しのサプライズとして、彼と盛り上がった映画『ダーティハリー』のような古いデザインのツイードジャケットを着てクリント・イーストウッドのお面を自作した。

私は初めてのガンシューティングバーに構えていたが、実際は別段危ないこともなく、陽気で清潔感のある店員さんが「ダーティハリーじゃないですか!いいですね!」と盛り上げてくれ、またトムも大変喜んで、私もハリーへの気持ちも入り、非常にやる気になった。

バーではそこにある銃は何でも借りることができる。トムは私にダーティハリーと同じ拳銃、いやガンを手渡した。マグナムというタイプで、重いがカラカラと軽い音で回る部分があり、それがなんだか面白かった。彼は打ち方を教えてくれた。なかなか扱いが繊細でまるでハムスターを手に抱くようだった。

そして私はダーティハリーのように片手だけをすっと上げ的を狙う。映画で見たあのポーズだ。引き金を引くとおもちゃにしては衝撃があり、大げさに音が鳴り響くと、私の撃ったグレーのプラスチック弾は的の右中央に乾いた音をたて命中した。

それを見届けたトムは「You make my day(楽しませてくれてありがとう)」と一言、ハリーの声色で付け加えた。

トムは最終出社の日に、私にガンシューティング用の特別なゴーグルをくれた。私はそれをどこで使ったら良いかわからない。ただそれはトムの気持ちであり銃は文化の一部なのだ。トムらしい餞別の品だ。ありがたく受け取った。なお同僚は車の窓ガラスも砕くことができるというハンマーペンをもらっていた。あれは使う機会が無いことを祈る。

***

彼がアメリカに帰って数ヶ月後、私は今でもテレビのニュース速報で「ドナルド・トランプ氏当選確実」の字幕が出た瞬間の衝撃を思い出す。それはおもちゃのマグナムのものではない現実の衝撃だ。私が彼らのアメリカに胸を撃たれたのだ。

トムの投票先は私にはわからない。ただ彼が誰に投票したにせよ、その結果はアメリカ人であるトムの意志のひとつの現れだ。

トランプ大統領が就任して数日経ち、私はトムがSNSで素晴らしいカントリー・ミュージックをシェアしていることに気が付いた。それは大変古い動画で、目が不自由な方の演奏によるものだとわかったが、目が見えようと見えなかろうと、動画の彼が奏でる音楽の素晴らしさには関係が無い。音楽はただただ美しく、歌詞は穏やかで平和な日々について、ゆったりとしたテンポで歌いあげられていた。私は彼がそれをシェアしていたことがなんだか嬉しかった。

彼はただ純粋に自分が育ったアメリカという国とその文化を愛しているのだろう。

2020年11月。アメリカ大統領選挙が行われる。どんな結果であれ私はそこに影を見るだろう。

ヒルビリーでレッドネックのトムを。

【おことわり】本稿は一部差別的な表現を含みますが、特定の団体、人々、個人を差別、誹謗中傷する意図はございません。また事実をもとにしておりますが創作になりますことご理解ご容赦頂けますと幸いです。


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