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オスロエスという名前のペルシャ的なアレコレ

前々記事:妖王の庭という古代図書館
前記事:オスロエスは「竜の御子」を砕いたのか

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何故オスロエスという名前がつけられたのか。

この1点に何らか反応する記事です。考察というよりモチーフの深堀り、あるいは小ネタ集だと思って聞いてください。

1.きっかけは名前

語源(Etymology)の話からします。

下記は、ロスリック関係のNPCが古代~中世ドイツ語系の人名でまとまっているというリストです。

【①ドイツ語系】
ゲルトルード(Gertrude): ゲルマン祖語「槍の力 or 槍の聖女」
エンマ(Emma): ゲルマン祖語「全ての or 万物の」
 ※ しばしば中世ドイツ史でエマをエンマまたはヘンマと日本語表記するよう。忍殺覚悟で言うとつまりエマどn
ゴットヒルト→英語版ゴットハルト(Gotthard): 古高地ドイツ語「神の如き強さ」≒「神の威光」
クリエムヒルト(Kriemhild): 中期高地ドイツ語「仮面の闘争 or 怒りの闘争」
 ※ ゲルマン神話『ニーベルンゲンの歌』等に登場する英雄ジークフリートの妻。
アルバート(Albert): 西ゲルマン語群「気高い輝き」

【②今のとこ不明… ※ だが西ゲルマン語群が怪しい】
ロスリック(Lothric)
ローリアン(Lorian)

【③非ドイツ語系】
・オスロエス(Oceiros/Osroes)
・オセロット(Ocelotte)
・カムイ(東の国出身ゆえ除外)

こんなリストになります。

前々記事でロスリック城(Lothric)が全体的に中世ゴシック建築様式である事を伝えましたが、もちろん今のドイツの前身となる東フランク王国や神聖ローマ帝国、ロートリンゲン公国(Lothringen)=ロレーヌ公国(Lorraine)でもゴシック建築が建てられています。そうしたヴィジュアルと相まってネーミングにも「国や地域」のイメージを合致させている節がある。

当然ながらSEKIROやブラッドボーンのネーミングにもこの傾向は見られるわけで、一口にファンタジーという枠組みをふわっと捉えるのでなく、現実世界の下地に則って製作されている、という見え隠れの部分かと思います。

②は①と同じく西ゲルマン語群が怪しいですが、別記事で書こうと思っています。

そして今回の主題③オスロエスとオセロットについて、あれ?ここだけドイツと全然関係なくて、なんか違和感あるな…と思ったのです。それがきっかけ。

2.ほんじゃ例の親子は?

英語名をご存知の方はピンと来るかもしれませんが、オセロット(Ocelotte)の名前は父親から来ていると考えます。オスロエスは海外版ではオサイロス(Oceiros)と表記されます。

Oce-iros
Oce-lotte

子息の名前の前後に「~の子」として親の名前を引き継がせる文化は、世界中に見られます。
ドナルドの子がマクドナルド(スコットランド)
ブライエンの子がオブライエン(アイルランド)
シグルズの子がシグルズソン(アイスランド)
ジョーカの子がジョコビッチ(セルビア)
ドーナルの子がマクダネル(!)…などなど。

オサイロス⇔オセロットの場合は、接頭辞「Oce」のみを継いでいる事から日本の「通し名」に似てるかもしれません。"信"長の子が"信"忠…のようなパターンです。

【20/07/13追記】っていうか
・Gwyn
・Gwyn-evere
・Gwyn-dolin
という接頭辞を継ぐ最もわかりやすい事例がありましたね。これもある意味で「通し名」の一種。

もう一つ言えるのは、Ocelotteについて同綴りの単語は存在しない為、ダクソ造語だと予想します。同じ音に豹の一種であるOcelotがいますが、南アメリカ先住民のナワトル語Ocelotlから来ており「Oce」で分離できないため違うのではと考えます。

※ ちなみに-lotteは、フランス語由来の女性名の接尾辞です。シャルロッテ(Charlotte/女性)⇔シャルル(Charles/男性)の例。

オセロットが父親ありきの造語であるならば、父親を追うべきでしょう。

「日本語名オスロエス、英語名オサイロスにはそれぞれ別の語源がある」と仮定した場合に、それぞれどういうルーツを持つのか。

3.Oceiros(オサイロス)について

Oceirosは海外考察サイトでは、エジプト神話の冥府の神オシリス(Osiris 英語ではオサイリス)と発音が似ていることが指摘されています。

以降は自分の調べですが、オシリス(Osiris)は元々エジプト神話を蒐集した古ギリシャ語による読み方です。本来のエジプト語ではアサル(Asar)、アセル(Aser)などと呼ぶそうです。
この古ギリシャ語の固有名詞、発音としてはὈσειρῐς (Oseiris):/ó.siː.ris/オシーリスがより正しく、これはOceirosの綴りと非常に似ています。

そして、このオシリス神に関して――エジプト神話は一見さんで恐縮ですが、Wikiに面白い記述があります。

オシリスが、植生の神と見なされていたことは間違いない。そして、これがオシリスの主要な役割であったと考えられる。オシリスは植物の再生を人格化したものであり、毎年起こる彼の死と再生はエジプトの農事暦に符合しており、それを象徴したものであった。(中略)
この生命を与える豊院の主としての役割から、オシリスは、冥界における神聖な裁判官、そして王としての性格を持つようになり、悪に対する勝利の象徴として見なされるようになる。植生の神として、彼はまた死に対する勝利を得た。
また、王として彼に起こったこうした奇跡は、死に対する生命の勝利という広義の意味で理解され、その結果として、オシリスは生きている者の王としてではなく冥界における死者の王と考えられるようになり、自らに従う者に永遠の生命を約束できる力を得ることになった。


植物とは、咲き→枯れ→咲きの繰り返しの中で半自動的に「永遠の命の輪」を生み出している…。そのイメージから「死の超越者」というポジションを得られたのなら、そこから連なるイメージがありますね。

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前記事の考察で、「オスロエスは永遠性を持つ超越者=古竜になりたかった」と説きました。

差異のない時代には、古竜と灰色の岩と大樹だけが在ったのです。

古竜を「竜」という記号ではなく、「生と死の超越者」という記号で見た時にはどうやらオシリス神と符合してきます。

そしてですよ。妖王庭の先に一体何があったのかを思い出してください。

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オシリス神が最終的に獲得した「冥府の神」としての記号もマップ配置によって一致してくるわけです。オスロエスがウロコなき白竜の姿として完成したので若干ピンと来ないかもしれませんが、ネーミングにどのような意味が込められているのかだけを抽出して考えると、意外に繋がってくるものが多くて面白いと思うのです。

ただし、注意点としては、私は今「記号」の話をしています。点と点の話であって、DS3の本筋にどう盛り込めるか(=線でつなぐ考察)はまた別問題ですので、いわゆる信あなというやつでしょうか。ですから、考察というよりモチーフの深堀りです。

たとえば「じゃあ無名墓地はずばり冥府なの?」と聞かれれば、私は「それだけではない」と言うと思います。
しいて本筋に絡めるなら、「冥府=瞳を得た火防女が火継ぎを終わらせかけた期間=深淵の世界」とは言うでしょうけど、この記事で取り上げる事ではありません。これもまた信あなです。

いずれにしてもむちゃくちゃ言ってるよー…とはならない気はしています。
偶然にしちゃ出木杉だからです。

何故オスロエスという名前がつけられたのか。

今回は、目的を見失わない為に↑の自問を繰り返す事をお許しください。

4.Osróēs(オスロエス)について

さて、日本語版の名前はエジプト神話とまったく違う系譜があります。神話ではなく、史実に基づきます。

起源は紀元後6世紀のサーサーン朝ペルシャ。
ホスロー(Khosrow)というペルシャの王の古ギリシャ語形がコスロエスまたはオスロエス(Khosróēs/Osróēs)だと言います。

"The name is transliterated in Greek as Khosróēs(ギリシャ語に翻字された名前)" - https://en.wikipedia.org/wiki/Khosrow_II

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引用:http://www.vivonet.co.jp/rekisi/b05_sasan/sasan.html

当時のペルシャはビザンツ帝国(東ローマ帝国)と抗争を繰り返していました。ビザンツの公用語は7世紀頃からギリシャ語であった為、ビザンツ側の文献からはホスロー(Khosrow)はギリシャ語読みの"Osróēs"と表記されるわけです。また、ビザンツ皇帝のユスティニアヌス1世が「キリスト教化していない学問のお取り潰し」を図った為、キリスト教に染まっていない多くのギリシャ人学者が国外へ流出しました。一方、ペルシャ側は逆に「学問を奨励していた」為に彼らを積極的に受け入れ、彼らの為の宮廷図書館まで新造したそうです。そこで、多くのギリシア語やラテン語の文献が翻訳され収蔵されたと伝えられています。

要するに、二国間は民族が異なり敵対しながらもギリシャ語やラテン語といった共通言語が行き交いやすい地盤が出来上がっていたのですね。


世界史が深まる前に戻しましょう(素人のボロが出る前に…)。

ロスリック先王の名が、ビザンツ側で呼称されたペルシャ王の名から取られている点に注目します。正直パッと思い浮かぶロスリック王国のイメージにペルシャやビザンツは合わないと思いませんか?

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冒頭の人名しかり、建築しかり、ロスリックといえば中世西ヨーロッパかと思います。
引用:https://fextralife.com/dark-souls-architecture-how-the-real-world-influences-the-games-locations-lore/

ところが、これまでの文脈の中で繋がってくるのが、これも前々記事で言った妖王庭がロスリック城内でも珍しい「ビザンチン建築」であり「遺跡」である点です。

オスロエス廟比較

妖王の庭の建築全貌 ⇔ イスタンブールの正教会鐘塔

5.ビザンチン建築は古竜の道へ至る…

ビザンチン建築の最高傑作といえばコンスタンティノープル(現イスタンブール)にそびえるアヤソフィアです。

【20/07/11追記】↑タイムリーに不穏な報道がありました…なんとか平和と共存の象徴性は保たれてほしいですね。

そしてこれは古竜の頂の聖堂建築のモデルである事がよく言われます。

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引用:https://fextralife.com/dark-souls-architecture-how-the-real-world-influences-the-games-locations-lore/

巨大なドームとそれを支える穹隅、ギリシア十字形の交差ヴォールト、後にモスクに改築された際に付けられたミナレットなどはそっくりです。
アヤソフィアの鳥瞰図↓を見るとどっちの建物だかわからないくらいw

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引用:https://ameblo.jp/tonton3/entry-11475335552.html

そう言いつつも、DS3ではおそらくコンパクトにする目的で外観がアレンジされてるので(ミナレットの配置とか)、そのまま真似たわけではなく再構築してオリジナル感も出している。さすがフロム、美術へのこだわりのクセがすごい。

とはいえ、一個の建物でああだこうだ言っても…なので、細かいモチーフや意匠にも共通点が見られるよ、というのが下記。

【↓装飾フロアタイル】
上画像(妖王庭):ホークウッドを召喚できるフロア
下画像(古竜の頂):いろんなとこ

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【↓アーチ】
上画像(妖王庭):オスロエス戦手前の門
下画像(古竜の頂):古の飛竜戦手前の門

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【↓ムーア式多弁アーチ】
上画像(妖王庭):オスロエス戦手前の門を潜った先
下画像(古竜の頂):古の飛竜戦手前の門の上部

ムーア式多弁アーチ

世界遺産-コルドバ歴史地区-スペイン-メスキータ-外壁の装飾

↑参考にコルドバのメスキータ

ラストもう一つ。蛇人は「古竜画の大盾」を持ちますが、これはビザンツ時代に花開いた東方正教会芸術の一つ、金地モザイクであろうと思います。
そもそも妖王庭、古竜の頂のどちらにも蛇人が出る要素だけ取っても、れっきとした共通点ですね。

そんなこんなで、二つのマップの細部において部分的ながら多くの共通点が見出せる事は間違いなく、そのどちらもがビザンツ&ペルシャ(あるいは後から覆いかぶさるイスラム)の広範な「東方文化」に内包される体系になっています。

これはロスリックとまったく異なるモチーフで構成されている。

※ 竜は東方 ⇔ グウィン神族は西方(ゴシック&ウェールズ語人名など) なんて構図が見て取れますね、面白い。

そして、ペルシャ王オスロエスの名前も「東方文化」体系の中に組み込まれている。ドイツ語系人名で固められているロスリック王国の先王であるにもかかわらず、です。トータルでこの表象は、偶然か意図的か?で言えば後者である…と言えるのではないでしょうか。

さらに踏み込みましょう。次章はペルシャの文献についてです。

何故オスロエスという名前がつけられたのか。

うん、忘れてない、忘れてない…。

6.Evagrius Scholasticusの文献

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引用:https://en.wikipedia.org/wiki/Evagrius_Scholasticus

6世紀後半、ホスロー2世は王位についた直後に謀反に会い、ペルシャを追われて一時ビザンツ帝国領シリアに匿われることになります。そこで、シリア出身であるシーリーン(Shirin)を妻に迎える事になりました。二人の様子を記した最古の記録が、同時代に活躍していたキリスト教会ラテン語学者エヴァグリウス・スコラスティカス(Evagrius Scholasticus)が記した『教会史(Ecclesiastical History)』という著書の中にあります。

※ この辺はもはやネット上に日本語資料がないので英語WikiやGoogleブックスの英語本を参照にしています

前述では、ホスロー(Khosrow)の古ギリシャ語読みがコスロエス(Khosroes)またはオスロエス(Osroes)と言いました。教会ラテン語ではChosroesと表記されますが、同一の固有名詞です。

そして、妻シーリーン(Shirin)の教会ラテン語読みがですね、、、、、、シラ(Sira)と言うのだそうです。

The earliest source mentioning Shirin is the Ecclesiastical history of Evagrius Scholasticus, where she is mentioned as "Sira".

Shirinについて言及した最も古い記述はEvagrius Scholasticusの『教会史』にあり、彼女は「Sira」として言及されています。

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肝心の文献は英語訳がネット公開されています(残念ながら日本語訳は見つかりませんでした)

↑ページ下部のチャプターXXI(第21章)、CHOSROES王がしたためた手紙の内容を紹介していて、妻Siraがキリスト教徒で王自身は異教徒であるので教義的には認められない結婚だという話や、おそらく彼女が妊娠した事について触れています。

何度でも強調しますが、そもそもオスロエスという人名が「古代ペルシャ王を古ギリシャ語表記させた」という、えらく限定的な名前であるわけです。

――このルールをシーリーンに適用したらシラになった。こんな偶然はあるものでしょうか?

※ 絶対に言い触れておきたいのは、厳密にダクソのシラの英語表記では、ShiraであってSiraではないんですね。例の『教会史』の”英訳本”ではSira。この説明づけが最高に難しい。。
※ 間違いかもしれずお叱り覚悟でいうと、ペルシャ語をラテン字表記する際、本来"Sira"とは"Şira"であったのではないか。これだと発音上はShiraになるんです。その例として、イランにシーラーズ(Şīrāz/شیرازという地名があります。このŞはSh [ʃ]に近いので、 発音表記上はShiraz [ʃiːˈrɒːz]となります。(言語学ではこのタイプの発音区別記号のことをセディーユといいます)まさにこのルールを適用するなら、『教会史』のSiraもShiraと同じ[ʃiːˈrɒ]という発音になる。あとはペルシャ語の癖としてどうか…になってきますがそこは専門ではない故…。


まぁともかく一言でまとめるなら、オスロエス(ホスロー)の妻がシラ(シーリーン)という、ダクソと関係なくともそういう歴史が記録されてるよという話です。

おまけ情報として、DS3アートワークスを見るとシラ緑衣の模様の下絵が見られます。

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私にはこれがどうもペルシャ・イスラム由来の模様に思えます。

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ペルシャ絨毯のデザイン
引用:https://www.pinterest.jp/pin/816488607429000781/

葉が4方向に開いているヘラーティデザインの感じや、西アジアで広く使われるクジャクの羽らしき模様もあり…。とはいえPinterestで必死に探したんですが、必ずしも同一のデザインパターンは見つけられなかったのでハッキリそうだとは言えません。

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もしかしたらその観点ではなく、↑輪の都の建築群もドームだらけでビザンチン・イスラムをあちこちに感じるので、シラのキャラデザに「東方文化」を感じるのは冒頭で言った、輪の都における「国や地域のイメージ」を合致させている部分であるのかもしれません。

…というか、シラはDLC2輪の都で初登場するのですから順序立ててストーリーを追えばそっちの方が全うなアイディアではあるのですがw

この辺、刺繍とか服飾とか詳しい方いらっしゃれば情報をいただきたいです…。

7.ペルシャ文学『ホスローとシーリーン』=『オスロエスとシラ』

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ニザーミーの『ハムサ』の挿絵(1539-1543)
王子ホスローがシーリーンを初見するシーン
引用:http://www.sanriku-pub.jp/olive-tsujimura45.html

さて、6~7世紀を生きたホスロー2世と妻シーリーンの物語は、様々な尾ひれがついてペルシャ叙事詩(あるいは伝承)で度々取り上げられるようになります。
なかでも12世紀の偉大な詩人ニザーミーによる創作は、ペルシャ古典文学の最高峰として昇華します。史上最も甘美な叙事詩である、、、とニザーミー本人が自尊したらしいw

ほんなわけで、今回の為に読みました(自分が手に取ったのは各話50ページほどのオムニバス形式のダイジェスト版だったので、↑フルでも読まないとですが間に合わず…)。

読み物として面白かったです。主人公ホスロー王とアルメニアの姫シーリーンが両想いにもかかわらず出会えそうで出会えない、巧妙な”すれ違い”の連続で、なんか月9ドラマか一昔前のジャンプのラブコメ枠を読んでるみたいで、800年前の題材が現代人の感性で書かれてるようで新鮮でした。

エヴァグリウスによる記録ではシーリーンこと「シラ」はおそらく敵国ビザンツ帝国領側の出身でしたが、本書ではペルシャと同盟関係にあったアルメニアの姫として描かれています。この設定変更は演出的な理由か、執筆当時の外交情勢のせいかなーと想像。

この記事で特筆すべきは、シーリーンに対して「月」のメタファーがやたら使われている事でしょうか。

さてその姪の名はシーリーン、「甘美」という名に恥じることなくをもしのぐ美しさ。黒い瞳は闇の底にある生命の水のよう。輝くは真珠ともまがうばかりで——
その甘美な唇の美女たちの中でも、シーリーンはすばるを廻らせる月のよう――
その月の顔が黒雲の髪からあらわれたとき、シーリーンの目線は王子の上におちた。彼女は雉にまたがった、伸びやかな白楊のような不死鳥を見たのである。
月(シーリーン)の住まいとなったこの泉に、陽(ホスロー)が軌道を逸れて訪れるとは何としたことか。

ホスローとシーリーンが初めて出会うまでの序盤のシーンですがこれだけの「月」が登場します。最後にいたっては、シーリーンは月そのものにたとえられています。

これは、ペルシャ文学において女性の美しさを「月」にたとえる文化があった事に由来します。ゾロアスター教における、マー(Mah)やアナヒーター(Anahita)といった月の女神が盛んに崇拝されていた影響です。

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↑ホスロー2世(真ん中)が月と水の女神アナヒーター(左)とゾロアスター教最高神アフラマズダ(右)から、王の権威を授かるシーンの彫像。ホスロー2世の頭上に「三日月(!)」が見えますでしょうか?
どうやらこっちのオスロエスは「月光」に見えたようです…
File:Taq-e Bostan - High-relief of Anahita, Khosro II, Ahura Mazda.jpg
https://en.wikipedia.org/wiki/File:Taq-e_Bostan_-_High-relief_of_Anahita,_Khosro_II,_Ahura_Mazda.jpg#filelinks

DS3に目を向けると侯爵の娘、シラには「侯爵」(後述する「真珠」の記号から侯爵=シースでほぼ間違いないと思います)との血縁あるいは創造物⇔被造物の関係性が見えます。残念ながら彼女に「月」の記号=魔術や月光、竜などの直接的描写は一切ありませんが、シースの娘であるなら「月」との関連で反応したところで乱暴ではないはずです。

視点を変えて、シラはさて置おきオスロエス中心で見た場合にも、ロスリック王家にはグウィン(太陽)の血筋との関連が示唆されている。王が太陽神と結びつけられることは世界の数ある神話体系の中でも納得がいく話。だが、晩年のオスロエスは「月光」に見えようとしたが遂に叶わず、それでいて息子オセロットが月の力を得たのなら、「月」の力は妻の方に在った事になる。大事なのは夫ホスローが「太陽」であり、妻シーリーンが「月」であった事。構図が一致する…というより、「太陽」と「月」というシンボル相関マップの中に、この叙事詩もダクソもINしてるよ、ってくらいの共通性です。


ついでに言うと、これは王族の物語なので、たびたび貴重な宝石を身に着けたりするシーンが描かれます。金・銀を除く宝石の中で、唯一具体的な名前として登場するのが「真珠」です。これも「月」と同様ペルシャにとっては重要な記号。

古代からペルシャ湾の特産品で、王族が身に付けたり東西他国との交易品として国の宝とされたからです。シラもまた王族の末裔であり、シースの血縁あるいは被造物であるから身に着ける事が許された身分だったと推測できます。

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真珠、、、とはいえ、シースの結晶洞穴や灰の湖にいる五足のバイバルの中は頭蓋骨で埋め尽くされてますね。解呪石や、光る楔石も落とします。

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シラ様その頭冠の真珠、本当は何で作られてるの?

特に解呪石には呪いをその石に逸らす効果があります。彼女が持つ狂王の磔は呪詛がランダム発動するので、呪いを逸らす生体鉱物、真珠の頭冠を「誰のためでもなく正装として外さなかった」事には機能的な意味があったのかもしれませんね。

本書を読んですっかりシーリーンに感情移入してる私からすると、彼女はアルメニア王族の生まれとして(あるいは女王である叔母の教えに沿って)高潔な女性としてのプライドを保つ為に、気丈さから正装を崩さない、そんな心理に繋がるのだろうと思いたいところではあります。…違うか。


最後にお伝えすると、『ホスローとシーリーン』は悲恋劇です。二人の結末についてはネタバレになるので言いませんが、二人の最後の夜が訪れる章はこんな文章で始まります。

闇は月より光を奪い、旅人を待ち受ける食人鬼のごとく月を天に迷わせた――ある夜のこと。

DS3DLC2の「闇」が我々主人公の事だとすると、「月」であるシラは何を奪われ、どこに迷わされたのか…。なんだか偶然だとしても耳触りの良い響きを感じます。


8.最後に、

何故オスロエスという名前がつけられたのか。

まとめると、

① 妖王庭⇔古竜の頂の建築・装飾的な共通点から見える「古竜」と「東方文化」のイメージの合致。その道を目指した者はゲルマン系の名ではなくペルシャ王の名であるべきだった。

② 英語版のオサイロス(Oceiros)という名前は冥府の神オシリスの「死と再生/冥府」のイメージを内包し、それによって「古竜」や「無縁墓地」のイメージへ違和感なく繋がる、という仕掛け。

③ 日本語版のオスロエスは、ペルシャ王ホスロー(Khosrow)をビザンツ帝国側から呼称するとオスロエス(Osróēs)となり、そのルールを妻シーリーン(Shirin)に適用するとシラ(Sira)と表記される。

④ 叙事詩『ホスローとシーリーン』からは緩く「月や真珠」の記号を見て取れる(あと作品として面白い)

ゲーム製作におけるネーミングの、鶏が先か卵が先か的な順序の曖昧さはありつつ、こういう要素が絡んでいたら面白いね、くらいの話です。

これらがダクソ本編とどう関係するのか――それはまるでわかりません!

ですが、もっとメタ的な視点として製作段階でキャラクターをデザインするにあたり、ネーミングに「意図があったか/なかったか」を推論すると、ダークソウル、特に無印と3に関しては名前にちゃんと意味を持たせている節があるし、隠されたメッセージ性も読み取れる(と個人的に感じる)。だから分析のし甲斐があるし、私も考察における「語源勢」を自称できるのです。皆さんはどう思うでしょうか?

一応、オスロエス関連はこれで終了です。



【参照参考】
Gertrude - https://en.wiktionary.org/wiki/Gertrude
Emma - https://en.wiktionary.org/wiki/Emma
Gotthard - https://en.wiktionary.org/wiki/Gotthard
Kriemhild - https://en.wikipedia.org/wiki/Gudrun
Albert - https://en.wiktionary.org/wiki/Albert

Osiris - https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%82%B9
Ὀσειρῐς(Oseiris) - https://en.wiktionary.org/wiki/%E1%BD%8C%CF%83%CE%B9%CF%81%CE%B9%CF%82#Ancient_Greek

Khosrow Ⅱ - https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9B%E3%82%B9%E3%83%AD%E3%83%BC2%E4%B8%96 / https://en.wikipedia.org/wiki/Khosrow_II
ocelotl - https://en.wiktionary.org/wiki/ocelotl#Nahuatl
サーサーン朝ペルシャ - https://sekainorekisi.com/glossary/%E3%82%B5%E3%82%B5%E3%83%B3%E6%9C%9D/#12507124731252512540219990
アヤソフィア - https://ameblo.jp/tonton3/entry-11475335552.html
イスラム装飾 - https://www.hasegawadai.com/world-heritage/%E4%B8%96%E7%95%8C%E9%81%BA%E7%94%A3%E3%81%A7%E5%AD%A6%E3%81%B6%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E5%BB%BA%E7%AF%89/%E5%BB%BA%E7%AF%8918-%E3%82%A4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%A0%E6%95%99%E5%BB%BA%E7%AF%89%EF%BC%93/
イスラーム写本と挿絵 - http://www.sanriku-pub.jp/olive-tsujimura45.html
ペルシャ絨毯 - https://heyagoto.com/knowledge2/howto/persia/design_herati/
クジャクの羽 - https://heyagoto.com/knowledge2/howto/persia/design_herati/
Evagrius Scholasticus - https://en.wikipedia.org/wiki/Evagrius_Scholasticus
Ecclesiastical History - http://www.tertullian.org/fathers/evagrius_4_book4.htm
教会ラテン語 - https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%95%99%E4%BC%9A%E3%83%A9%E3%83%86%E3%83%B3%E8%AA%9E
教会ラテン語の発音(Hは発音しない) - http://bonsta.la.coocan.jp/latin/lat_pron2.html#:~:text=%E6%95%99%E4%BC%9A%E3%83%A9%E3%83%86%E3%83%B3%E8%AA%9E%E3%81%A7%E3%81%AF%E3%80%81%E5%8E%9F%E5%89%87%E3%81%A8%E3%81%97%E3%81%A6,%E7%99%BA%E9%9F%B3%E3%81%95%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%82%8F%E3%81%91%E3%81%A7%E3%81%99%E3%80%82
ラテン語名詞 (単数主格-ēsは男性名詞)- http://www.akenotsuki.com/latina/nomen02.html

生体鉱物- https://www.s.u-tokyo.ac.jp/ja/story/newsletter/keywords/15/03.html
マー(Mah)-  https://en.wikipedia.org/wiki/Mah
アナヒーター(Anahita) - https://en.wikipedia.org/wiki/Anahita
ターク・イ・ブスタン遺跡レリーフ - https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%BB%E3%83%96%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3

平凡社『ペルシアの四つの物語』/岡田恵美子編訳
楽学ブックス『世界遺産をもっと楽しむための西洋建築入門』/鈴木博之著
Amazon SI, Inc.『世界遺産で学ぶ世界の建築 1.古代、ギリシア、ローマ、中世編』/長谷川大著




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