GHOST 1994 - 今夜はブギー・バック
路駐した車の隣で、僕はマイセンを深く吸い込む。吐き出した煙の向こうで、点滅する薬局のネオンが曇天に反射していた。分厚い雲のせいでいつもより早く訪れた夜に立ち向かうように、看板や街灯が眩しく輝いている。時刻は夕方、渋谷はいつも、これからが一番騒がしくなる。
隣で煙草を吸っている連れの友人たちはこの後、どのライブハウスに行くか、それともクラブが開くまでどこかのバーで飲むかを議論している。明日は休日でもなんでもないが、授業の有無なんて気にしながら話してるやつは一人もいなかった。もしかしたら、心のどこかでは気にしているのかもしれないけど。
「それで?どうするんだよ、シマは」
僕は短くなって苦くなったマイセンを、みんなで灰皿代わりにしていた細いコカ・コーラの空き缶に入れる。僕の答えは友人たちが挙げた選択肢の、そのどれでもなかった。
「ごめん、今日はやめとくよ」
「またか?最近付き合い悪いぜ」
「シマが居たほうが女の子も呼びやすいのによー」
各々の目的を持った友人たちが残念がる。なんだかんだ言っても自分のやりたいことを優先するのを許してくれる、いい奴らだった。
「じゃ、明日の授業でな」
「おー」
「真面目だなー」
友人たちと別れた僕はひとりで、駅じゃなく、ビルとビルの間を抜けてセンター街へ向かった。ゆっくり歩いている女子たちの向こう、赤く光る”GAME”の看板を目指して歩く。
頭をぶつけないように気をつけながら、僕は渋谷会館の地下に入る。何台もの筐体が並ぶ先、タワーオブドゥームの前では僕の知らないサラリーマンが一人でファイターを操作していた。残念、ここにはいないみたい。
ここにいる確率はまあまあ高いと踏んでいたけど、あいつは自分の気に入ったゲームしか殆ど遊ばないから、判別は簡単だった。
となると、もう一箇所だけ心当たりがある。そこにいなかったら、今日はもう雨が降る前に帰ろう。1クレジットも入れずにそそくさと渋谷会館を出た僕は、今度こそ駅の方に向かって歩き始めた。
ハチ公口の反対側、立体歩道橋を渡った先にある、楽器屋の入った雑居ビルが並ぶ通り。ここに来たことは何度もあるはずだが、来る度にいつも目当てのビルがどこかわからなくなりそうな感覚になる。
センター街の喧騒とはかけ離れた薄暗い道を進み、おぼろげな印象を頼りに道を曲がって、雑居ビルのひとつに入ってみる。確か、ここの四階だったはずだ。目線の高さまで灰色の布に囲まれた、埃っぽいエレベーターに僕は乗り込んだ。
四階に到着し、エレベーターの扉が開いた瞬間に、僕の脳裏にあった記憶と印象がようやく合致する。そのまま真っ直ぐ進み、廊下の角を曲がると、火を噴くドラゴンのポスターの張られたドアが目の前に現れた。少し緊張しながら、僕はそのドアを引く。
ポスターの張られたドアを開けた僕を、また別のポスターが出迎えた。鎧を着込んだ戦士が剣と盾を携えて、さっき見たのとは別のドラゴンと対峙している姿が描かれている。だが一歩部屋の中に入ると、それまで歩いてきた街とは全く異なる匂いが充満しているのがわかる。古いインクの染み付いた匂い。世界中を旅してきた紙や木の匂い。ポスターの張られた棚には様々な本や箱、本の形をした箱などが隙間なく置かれていて、その多くは英語で書かれている。値札のようなものは何も見当たらないのが不思議だ。
棚の奥で賑やかに談笑する声が聞こえる。その声は確かに聞き覚えがあって、僕は安堵する。僕が探していた、ハナザワの声だ。
「よし、Black Knightで攻撃!!これでライフは?」
「あと2か…ヤバイが、お前の手札はもうないからな。引き次第でまだなんとかなるぜ」
「言ってろ!このゲームはオレが勝つからな!!」
棚の奥に進むと、大きなテーブルを挟んで、ハナザワと……僕の知らない男が何やら白熱していた。テーブルの上には何かの描かれたカードが何枚かと、いくつかのサイコロ、それに紙の箱やビニールのゴミなんかが置かれている。
「よっ、ハナザワ。新しいゲームか?」
「シマ!いいときに来たな、お前も見届けろ、遂にオレがこいつに勝利する所を」
ハナザワは僕に気づいて、いつものボサボサの頭でこちらを向いた。ハナザワの目の前にいるやつはやり取りn間も、僕の方をちっとも見ずに、テーブルの上をずっと見ている。
「……よし、俺の番だ」
そう言うと、そいつはテーブルの自分の側に置かれたカードのうち、横向きになっていた何枚かを縦向きに戻した後、置いてあったカードの束の一番上のカードを手に取った。
「おし!Aeolipile!こいつを使って二点ダメージをBlack Knightに飛ばす」
「あぁ!?なんだよそれ見たことねえぞ!!」
「さっきパックから出たんだよ、これ、色関係ないからなかなか使いやすいな」
ハナザワは騒ぎながら、目の前のやつに指でさされたカードを片付けるように手前に持っていった。なるほど、人とかが描かれたカードで攻撃するのか。そして別のカードの効果で、倒されたりもする。対戦ゲームらしいやりとりが行われている。
「これで一旦はセーフだな。ターンを終了」
「チッ……だが見てろよアオキ、まだオレが有利なんだぜ」
そう言うとハナザワは、アオキという男と同じ様に、自分の手前のカードを縦向きに戻す。縦にされたカードには、人物みたいなものは書かれていないようだった。
ハナザワは右手に目に見えて力を入れながら、自分の手前に置かれた、アオキのものとは別のカードの束の上から一枚を引く。気合いを込めながら引いたハナザワのカードは―――
「よっしゃあ!!Djinnを引いたぜ!!」
机の上に叩きつけられた真っ黒なカードには、不気味に笑う緑色の悪魔が描かれている。指先で人間を摘む絵を見るに、相当に強大なモンスターであることは間違いなさそうだった。
対面のアオキの顔が曇る。間違いなく劣勢に立たされていることが伝わってくる。ハナザワが手番の終了を伝えると、アオキは先程と同じように手元のカードを縦向きに戻してから、厳かに自分のカードの束へと手を伸ばし、一番上のカードを見る。それを表にすると、そこには風景のみが描かれていた。
「くそ〜、ついに負けた……」
「よし!エースが駆けつけてきてくれたな!」
口々に感想を言い合いながら、二人は自分の並べたカードをそれぞれの束へと戻していく。
「で、どうだ?シマ」
忙しなく手を動かしながら、ハナザワは僕に訪ねた。こういう訊き方をするとき、ハナザワの言葉には一つの意味しかないことをわかっているが、僕はクールを気取って返すことにした。
「どうって?」
「これだよ!新しいカードゲームだ。面白そうだったろ?」
ハナザワは手元のカードと、テーブルの上に置かれたままのビニールゴミを広げて僕に見せる。どうやらそれはゲームに使っていたカードが入っていたパッケージのようだった。
「マジック・ザ・ギャザリングというんだ。呪文の書かれたカードを集めて魔導書を作り、他の魔法使いと戦うゲーム」
ハナザワが手元のカードを裏返すと、確かにカードの裏面が本の表紙のようになっていた。茶色い皮のような質感のテクスチャの上に、青い字で「MAGIC」の文字と、その下に丸いオーブがいくつか並んでいる。
「どうだ?ウィザードのシマにはピッタリだろ」
「そう言ったら、ローグのハナザワにはピッタリじゃなくなるんじゃないか」
「いや、言い方が悪かったな。これは自分でデッキを組むんだ。どんなカードを選ぶかで自分のスタイルが決まる。さっき言った魔法使いは『魔法が使える人』くらいの意味」
そう言うとハナザワは手元のカードを表向きにテーブルに並べていく。その多くが枠か絵柄の黒いカードで、幽霊とか悪魔とか、苦しんでいる絵が多かった。なるほど、確かにローグの悪のイメージがあるように思える。
「アオキは青を中心に、Artifactっていう機械のカードを使っている。魔法で動く機械があるんだ、エンジニアみたいなイメージだな」
ハナザワがそう話してる間に、対面に座るアオキも自分の持っていたカードを一枚ずつ、僕の方へ向けて机の上に並べてくれていた。ハナザワとは随分気安い関係のように見えて、内心で少しムッとする。そんな僕の心中を察してか、ハナザワがアオキの紹介を始めた。
「そうだ、コイツはアオキ。『Cave』で最近会ったばかりだ」
「よろしく」
「コイツはシマ。大学の友達で、よくD&Dで遊んでる」
「……どうも」
『Cave』というのは、雑居ビルに入っているこの店の名前。ハナザワが教えてくれた秘宝の眠る洞窟だ。最近僕らはこの渋谷の片隅に集まって、冒険の旅を繰り広げていた。
ハナザワとは大学で出会った。部室棟で何やら騒がしくゲームをしている部屋をたまたま覗き込んだら、英語で書かれた本を広げながら、地味な見た目の連中が、大騒ぎしながらテーブルの上に広げられたファンタジーの世界に熱狂していた。
僕は学科で英語が読めたから、その中でも一際声の大きかったハナザワに手招きされて、そのDungeons&DragonsというテーブルトークRPGに誘われた。元々ファンタジーの物語は大好きで、よくテレビゲームでも遊んでいたけど、進学するにつれ周囲の友達がそういう話をしなくなっていったから、大人になったらやらなくなるものなんだと思っていた。でもそんなことは全然なかった。
ハナザワがどこかから入手した最新の英語のルールブックを僕が読み解き、ハナザワがプレイヤーとして盛り上げる。それがとても楽しくてしょうがなかった。それまで僕と遊んでいたやつの中には、あんなダサい奴らとつるむなんてって言ってくるやつもいたけど、僕は全然気にならなかったし、そういう事を気にしないやつとだけ仲良くすることで、今もうまく行っている。
ハナザワのいたサークルはいわゆるアニメ研で、他のメンバーからの非難をしばしば受けた。ボードゲームが中心のサークルではなかったので仕方ない。かといってほかのゲーム研はテレビやパソコンで遊ぶデジタル・ゲームが中心で、ハナザワが言うには一人用ゲームのやり込みが中心で、仲良くやるのは難しそうだって話だった。
そしてある日、ハナザワが見つけてきたのがこの場所だった。遊ぶ場所に困っていた僕らを、嬉しそうな顔で得意げに案内してくれた。
それからこの店で、D&Dを中心に、色んなゲームを遊んだ。D&Dのサプリを何冊も積み上げて次の日の朝どころか昼まで冒険する日もあれば、全然知らないタイトルのルールブックの難解で助長なテキストを読み解いて遊んでみたり、『マンカラの亜種』と紹介された謎の木の板の上でガラス玉を動かしたり、ドラえもんとドラゴンボールのドンジャラを一度に混ぜて遊んでみたりした。
壁に貼ってあるわけじゃないけど、『Cave』で遊ぶときのルールがいくつかあった。お金を賭けてのギャンブルではないことと、デジタル・ゲームではないこと。それがアナログゲームであれば、ちょっとでも面白そうなら、僕らはなんでも遊んだ。
そして『Cave』店内。
僕とアオキの挨拶はこれで済んだとばかりにハナザワが広げたカードについて喋り出そうとした直後に、店の入口のドアが開く音がした。
「おー、やってるか若人たち」
「店長!やっとアオキに勝ったぜ!」
「一回だけどな」
「何、よかったじゃないか。シマくんも遊ぶのかい」
「シマにはこれからだ!店長もデッキの準備をしておいてくれよ」
「いいだろう。これ食べてからね」
ハナザワに店長と呼ばれた大柄な男は、口ひげを触りながら、僕らの座っているテーブルとは別の机に座ると、その手に持っていた近くで売っているたこ焼きを頬張りはじめた。
僕もハナザワも、店長の本当の名前を知らない。一緒に遊ぶときはいつもそのまま店長と呼んでいたし、キャラクターを作るときもテンとかって名前をつけていた。
店長はいつもこんな感じで、お店を僕らに任せるでもなくふらっとたこ焼きを買いに行ったりする。僕らは場代を払ってるわけでもないし、サプライとかのゲーム代だって割り勘で購入しているから人数分買ってもいない。この店の売上がどこから出ているのかわからなかったが、いつ来ても変わらないこの空気がなんとかやれてると答えているようだった。
「じゃあいいか?これからシマにもデッキを組んでもらわないといけないんだ」
「ああ、いや、ちょっと待って」
僕はハナザワに断って席を立ち、棚に置かれたカセットデッキの電源を入れた。この店にある機械はこれと、僕の持っているカセットプレイヤー、あとはゼンマイで駆動するさかなつりゲームくらいだ。
入りっぱなしになっていたカセットを取り出し、僕は上着のポケットから取り出したカセットと交換して再生する。出音を確認してからボリュームを絞る―――この後繰り広げられるであろうハナザワの説明を遮らない、BGMとして最適な音量まで。
カセットに入っているのは、『Cave』に集まるのとは別の音楽好きな友達の家でダビングした、ちょっとニッチだけどこれから渋谷で流行りそうな曲たち。こういうゲームの場にはそぐわないかと思いきや、みんながちょうど知らないくらいの塩梅が心地良いのだ。
僕の好きなオザケンの歌が流れる中、テーブルに戻ってハナザワに向き直る。何度も止められた分、ハナザワの喋りたさは限界寸前のようだった。
僕はこの、ハナザワから新しいゲームの説明を聞くのが好きだった。
土地のカードからManaというエネルギーが出ること。色が5つあること。Creatureを呼び出して戦うこと。InterruptとSorceryの違い。交互に手番を進めるが、相手の番でも使える効果があること。カードたちのテキストは全て英語で書かれていたが、僕はなんとなく読むことができた。
「ハナザワは読めるの?英語のカード」
「最初はわからなかったけど、プレイしているうちに結構読めるようになってきたな。まあ効果は一回使えば覚えるし」
「確かにね」
「それに英語のほうが、呪文っぽくてカッコいい。これから日本語版が出ても、混ぜて使えるなら、おれは英語を使うかもしれない」
そういうものか、と僕はなんとなく腑に落ちる。確かにCDショップに行っても、英語が書いてあるほうがカッコいい気がする。
ハナザワの説明もそこそこに、店長とハナザワ、それにアオキの持っていた余りのカードを使って、同じくらいの強さのデッキを2つ作って対戦してみた。土地を引けたり引けなかったりの差が大きく、余裕で勝つことも何も出来ずに負けることもあったが、拮抗した勝負のときは相当白熱した。なるほど、このゲームは面白いかもしれない。
『Cave』にあった未開封のブースター・パックは、その殆どをハナザワか店長が開けてしまっていて、残ったパックを開封する程度では僕のデッキを組むのは難しそうだった。
それに借り物のデッキで少し戦っただけでも、呼び出して活躍したクリーチャーのカードに既に愛着が湧いてきていたことを考えると、おそらく自分用のデッキは自分で手に入れたカードで作る方が良いだろう。
今までのTRPGや他のボードゲームではルールブックを共有財産にしてしまってお店に置いておけばよかったが、このカードゲームはそうはいかないみたいだった。
僕がハナザワと戦っている間、アオキと対戦していた店長が言うには、秋葉原の方にパックが入荷しているお店があるかもということだった。秋葉原には詳しくないが、ハナザワにはそのお店の場所に心当たりがあるみたいで、明日の授業終わりに行こうということで話がまとまった。おそらく今、同じ街のクラブかライブハウスで、女の子たちのガードを解こうと努力している友人たちには悪いけど。
止まってしまったカセットデッキの再生ボタンを何度か押し直した頃、明日も授業と秋葉原探索があるので、今日は解散することにした。店長はそのまま同じ雑居ビルの別の部屋に住んでいる。アオキは地下鉄で帰り、僕とハナザワはJRの駅に向かった。お腹は空いていたが、『Cave』を出る頃にはもう店に寄っていたら終電を逃してしまう時間だったので諦めた。というよりも対戦している間みんな夢中で、何も食べてないなんて誰も気づかなかった(おそらく先にたこ焼きを食べていた、店長以外は)。
帰り道の間も、ずっとハナザワは今日遊んだマジック・ザ・ギャザリングの話をしていた。
「それで、どう呼ぶ?このゲームのこと」
「うーん、D&Dに合わせればエムティージーって言うかもしれないが」
「マジギャザ……っていうのも何だか女子高生みたいだね」
「裏面に大きくMAGICって書いてあるのがかなりカッコいいから、オレはマジックって言いたいけどな」
魔法。そんな一単語で括れるほど、このゲームは流行るのだろうか。普段、ソーサラーやメイジのような魔法使いキャラを選ぶことの多い僕からすると、他のTRPGやテレビゲームの中の魔法使いを差し置いてこのゲーム一つを呼ぶのは難しいように感じた。
「そうか?オレはマジックはもっと流行ると思う。カードもカッコいいし、何より対戦が面白い。毎回違う展開が起きるし、色やクリーチャーで個性が出せるのがすごくいいんだ」
「対戦は確かに面白いけど、二人ずつしか遊べないのがちょっと気になるかな。僕はみんなで遊べるTRPGも好きだし」
「……まあ、確かに今はな。でもオレは複数人で遊ぶこともできそうな気がしてるよ。チーム戦みたいな感じのもできそうだし……とにかく可能性を感じるんだ」
「本当に言ってる?それって……」
「シマも自分のカードでデッキを組んだらきっとわかるって。きっとこのゲームは流行る!きっとこれから日本でもイベントが開かれたり、専門店が出来たりするかもしれないぜ」
「ハナザワがこのマジックを気に入ってるのはわかったよ」
「な、シマ、明日は絶対デッキを組もうな!そして黒のいいカードが出たら、交換してくれ」
まだどの色でデッキを組むかも決めてなかったのに、どうやら黒のカードは選べなくなったらしい。まあ、僕は全然構わないけど。本当はハナザワと一緒に遊べるなら、なんだって。
マジックの話をしたすぎるハナザワはそのまま僕の乗る電車のホームまで着いてきて、明日のことについて何度も念押しした。
僕は店を出てから、それまで忘れていた空腹感に気づいてしまっていて、内心ヘトヘトのまま、一日中ずっと楽しそうなハナザワに相槌を打ち続けていた。
「ハナザワ、本当に好きなんだな、マジックが」
「おう!マジで好きなゲームなんだ。だからシマと遊びたいと思ったんだよ、絶対楽しいから」
ホームに滑り込んでくる最終電車の轟音に、ハナザワの言葉がかき消される。なんかすごく嬉しいことを言われた気がする。今。
「だから今度さあ、シマの好きなものもオレに教えてくれよ。今日かかってた曲とか!じゃあな!」
発車ベルの鳴り響く中、言いたいことを全部言ってから、ハナザワは電車から離れて、自分の乗る電車の来るホームまで走っていった。返事をする隙を僕に与えずに、後ろ姿が小さくなる。
ドアが締まって発車するまでの一瞬に、一度だけハナザワが後ろを向いて笑ったのがわかった。
僕はとっくにやられてしまっていた。ダンスフロアに行かなくったって華やかで面白い、この街と、この状況に。
上着のポケットからカセットプレイヤーを取り出すと、巻かれていたイヤホンを解いて耳に押し込み、再生ボタンを押す。
彼の望み通り、明日はまずはデッキを組んで、それから今度は好きな音楽の話を、僕の方からしてみようじゃないか。
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