ショートエッセイ:恋のゆるキャラー一昨日の出来事ですー
舞台は埼玉県羽生市。世界キャラクターさみっと in 羽生 2024(通称はにゅはにゅ)。
私は久しぶりにカルピスを飲んだかのようなほのかな甘酸っぱさを、胸に感じていた。
推しゆるキャラに会うのを楽しみにしていたのだ。
その名は松戸さん(千葉県松戸市)。
オヤジ型のゆるキャラという珍しい存在である。おむすびのようなハゲ頭に、松戸という字が目鼻立ちとすだれヘアーになっている。紺のスーツに赤いネクタイをしている。リーマン、49歳。
と書くとしょぼくれているようだが、見た目のインパクトは大で地元でも人気者だという。
しかし昨年のはにゅはにゅでは、どういう訳か松戸さんはちっとも人気がなくてぼっち状態であった。他のゆるキャラたちは歩いているとすぐにスマフォを持った観衆に囲まれて撮影会やサイン会になるのに。
噂によると、松戸には21種類のゆるキャラがいて、人気競争でもしたのか、心労がたまっていたらしい。その辺に立つ松戸さんの関係者らしき人々も何だか心配顔で、私に
「松戸さんを応援してあげて下さい!!」
と懇願するスタッフまで出た。
いいよ。
私、松戸さんに会いに来たんだよ。
「勿論です!! でも今日は私もう帰るんで、最後に一目松戸さんに会っていこうと思って」
次の瞬間。
私は松戸さんに激しくハグをされた。
キャ~待ってダメよいけないわ私人妻よ。
思わず横目でチラリと旦那を見たが、普通にカメラを構えていたので、私は松戸さんとの交流を楽しんだ。
その1週間後、旦那と松戸へ降り立った私。
駅近の公園で、松戸さんの出るイベントがあったのだ。
今にも降りそうな濃い灰色の空の下、松戸さんが司会者さんとステージをこなしている。ほどなく終わって撮影会へと移った。たちまち子供たちがステージ下に並ぶ。
私も列に加わろうかとしたとき、松戸さんが何と、こちらに向かってちぎれんばかりに手を振ってきたのだ。
もしかして私たち宛て!?
私のこと覚えててくれたんだ~!!
しかしそのとき、遂に雨が降り出した。旦那が私の腕をがしっと掴んだ。
「帰ろう。今日は傘持ってきてないから」
あぅ~。せっかく松戸さんと心が通じ合った(かもしれない)のに、何たること。
次に松戸さんに会うまで1年が経過した。
今年のはにゅはにゅでは、松戸さんはステージへの階段を元気に駆け上がり、ステージで踊りまくった。
その後はサイン会。結構人気である。
私も列に並んだ。覚えてるかな。1年前の出会い。雨の降る公園のこと…。
「松戸さん、私の名前書けるよね?」
私の前に、何だか小悪魔っぽい小娘が、松戸さんを翻弄していた。
「松戸さん、私の名前書けるよね?」
彼女が数回同じことを言うと、松戸さんは彼女のサイン帳にすらすらと書いた。
何だこの男と女の駆け引きみたいのは。
さては常連か。図々しいわねキィー――――ッ!!
しかし、私は心のどこかで(負けた…)と感じていた。
松戸さん? フツーにサインしてくれましたよ。私のことなんか全然覚えちゃいなかったわよ。