「貴族とは何か」を読みました
書評なんてものではなく感想です。
大仰なタイトルに思えるかもしれないけれど、読み終えてみれば看板に偽りなし、でした。
ありきたりな「農業が始まって貧富の差がうまれ」といった説明はいっさいなく、まず貴族自身や知識層が貴族制についてどのようにとらえていたかを、古代ギリシャ・ローマと中国という洋の東西を例にとりあげています。貴族には特権と責務が不可分のものとして与えられ、その源泉は「徳」であるという考え方が共通していることが示されており、こうした考え方がある程度普遍的であることが示唆されます。
続いて、中世・近代ヨーロッパや近代日本において貴族に求められる「徳」が実際にどのように発揮されてきたかを検討し、そうした期待に応えられなかった地域ではやがて貴族制が衰えていったことが明らかにされています。
最後に著者の専門である近代イギリスにおいて貴族がいかに時代に適応しながら「徳」を発揮して生き残ってきたかを考察しています。
もはや、人権上の不平等をもたらすような意味での貴族制は生き残る余地はないでしょう。それでもポピュリズムが勢いを増しているようにみえる現代において「徳」を基準として個人の損得を度外視した観点からものごとの是非を判断するというかつて貴族が求められてきた役割自体は重要さを失っていないと再確認できました。
古代ギリシャでは衆愚制を経て僭主制に陥ってしまいました。現代のポピュリズムも独裁につながってしまうおそれがないとはいえません。しかし我々は歴史に学ぶことができます。この本はまさにそのためにあるとも言えるでしょう。巻末の著者の言葉にその希望を見出すことができました。
できれば全ての有権者に読んでほしい本だと思いましたが、それが無理ならせめて政治家には読んでほしい。ただ、政治家がこのタイトルの本を読んでいるという絵面だけ切り取られると誤解されてしまうかもしれませんね。
ところで、上院(参議院)を直接選挙で選んでいるのはG7の中ではアメリカ、日本、イタリアだけとありますが、人口比率にしたがった純粋な直接選挙だけで議員を選出しているのは実は「G7では日本だけ」なのですよね。イタリアの例外については記述がありますが、アメリカは人口に関係なく各州一律定員2名となっています。参議院の「一票の格差」裁判のニュースを聞くたびにもやもやしてしまいます。