見出し画像

村上春樹「街とその不確かな壁」は二次創作だったのか?の考察(既読者向け)

こんにちはRYUです。村上春樹氏の新作「街とその不確かな壁」が、2023年上期ベストセラー1位!に輝きました。

前作「騎士団長殺し」では推定130万部以上、最も売れた「ノルウェイの森」では推定1000万部以上を売り上げている村上氏。今回の新作も、100万部以上のセールスに到達(あるいは既に到達?)することが確実です。

村上氏の作品は、「パラレルワールド」を持つ独特の作品世界や、メタファーを駆使した描写が秀逸。かく言う私も、80年代から刊行された作品は殆ど読んでいます。この新作も発刊後早々に読了し、noteに記事を書かせてもらったのですが・・・。

以前からどうしても気になっている、ネガティブな点が1つあります。それは・・・この新作と、連作された作品「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」は、ある小説にかなり似ているのです。

この作品が二次創作と言うべきものなのか?今回はその類似点を紹介して、他の読者の皆さんにも一緒に判断してもらえたらと思います。こうした考察を不愉快に感じるファンの方は、以下をスルーしてください。


安部公房「バベルの塔の狸」に酷似

さて、村上春樹の新作に似ている、その作品とは・・・安部公房氏が1951年に発表した中短編集「壁」に収録された「バベルの塔の狸」です。まずはWikipediaの記事で、「バベルの塔の狸」のあらすじを読んでみてください。

【あらすじ】

貧しい詩人のぼくは、自分の空想やプランをつけている手帳を「とらぬ狸の皮」と呼んでいた。ぼくはP公園で奇妙な獣を見つけた。その獣は突如、ぼくの影をくわえ逃げ去り、影を失ったぼくは目だけ残して透明人間になってしまった。その夜、獣は夜空から霊柩車に乗ってやってきて、自分は君に養ってもらった「とらぬ狸」であると言い、ぼくをバベルの塔へ連れて行った。そこには狸がたくさんいた。とらぬ狸は、「みなぼくの仲間だ。人間は誰でも各々のとらぬ狸を持っている」と言った。とらぬ狸はぼくを入塔式に案内した後、目玉銀行に連れてゆき、目玉を預けろと言った。狸たちにとって、人間の目玉は有害なのだと目玉銀行の管理人・エホバが説明した。それを拒否したぼくは、次に行った時間彫刻器の研究室で、とらぬ狸におどりかかった。ぼくは時間彫刻器の箱を開け、タイムマシンで影をとられる前の時間のP公園に戻った。そして近づいて来たとらぬ狸に向かって、手帳や小石を投げつけ追っ払った。

いかがでしたか?「街とその不確かな壁」「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」を読んだ方は、その設定が似ていることに気づくと思います。

「影を奪われること」「隔絶された場所に拘束されること」「その場所に入るには視力を奪われること」「特徴のある動物がキーポイントになること」など、作品世界の設定上、かなり重要な部分で類似点があります。

挿絵に書かれた「バベルの塔の狸」

安部公房氏がこの作品を発表したのは1951年。村上春樹氏が2歳の頃です。いっぽう、村上春樹氏が最初の「街とその不確かな壁」を雑誌「文學界」に発表したのは1980年。村上氏が作品を発表する29年前に、「バベルの塔の狸」の作品世界が存在していたことになります。

真実は何か?

村上氏はこの作品を知っていて、意図的に設定を拝借したのでしょうか?まずは、村上氏が過去に「影響を受けた」と語っている作家について見てみましょう。

エッセイにご本人が書いている通り、これまでに影響を受けた作家はフィッツジェラルドやカポーティなど英米文学が多く、日本文学の作家については、あまり語られることがありませんでした。実際、村上氏による安部作品の書評や、対談などの記録は無く、村上氏が安部公房の作品に傾倒していた痕跡は見当たりません。

しかし、村上氏自身が読書家であることは良く知られていますし、作中人物も多くが読書家です。さらには、「バベルの塔の狸」と一緒に中短編集「壁」に収録されていた小説「S.カルマ氏の犯罪」が、昭和26年の芥川賞を受賞し文壇でも注目されたことを考慮すると、若かりし頃の村上氏が「安部公房を全く読んでいなかった」とは考えにくいです。

「バベルの塔の狸」「S.カルマ氏の犯罪」が収録された「壁」。1951年刊。

個人的な解釈

ここまで設定が似ていると、「単に偶然の一致だった」と考えるのは無理があるのかなと・・・。村上氏が20代になってからこの作品に出会い、安部作品から「パラレルワールドと行き来する作品世界」の着想を得たのではないか?と私は推測します。40年前のことですから、現在のように厳格な著作権の認識も無かったでしょう。

そしてご存知のとおり、「パラレルワールド」は、その後の多くの村上作品(中長編)において設定され、「村上ワールド」に欠かせない要素になりました。ひょっとすると、私たちが楽しみに読んできた村上春樹の作品世界とは・・・

「安部公房が最初に創造したパラレルワールドに、70年代以降の欧米および欧米化した日本のライフスタイル(ファッション、音楽、料理、恋愛など)を加えて、村上春樹が2次的に発展させたもの」

・・・だったのではないか?というのが私個人の考察です。
皆さんはどう思われますか?  (RYU)