書きたいというよりかは書かざるを得ない
こんな記事、誰が読むのだろう?
自分の記事などよりも為になる記事は腐るほどある。
書いたって無意味だ。
多分誰しもがこのnoteで考えることなのではないかと思います。
僕自身、この問題に何度もぶつかり、退会しては
戻ってきてを繰り返しています。
もう4度目かな?
SNSは時間の無駄とも言われています。
noteも一応SNSの範疇に入るかと思います。
無駄、無意味と思って辞めても結局戻ってきてしまう。
それはもはや、書きたいからと言うよりかは、
溢れ出る言霊を書き出さざるを得ない状況なんだろうなと思います。
こうやって誰が読むかもわからない、誰も読まないかもしれない駄文を
綴ってしまうのは僕がそういう書かざるを得ない人種だからと言う他
ありません。
正直言って誰にも読まれなくても構わないです。
書くことで何かしらの救いを得ているので、ここでスキを頂いたり
フォローをいただくのはありがたく、嬉しいことではあるのですが、
ここに吐き出した時点で、僕の目的はほぼ完遂されています。
あとは誰が読むかは他人の課題だから、考えない。
スキを期待しない。
こう割り切ることで、僕は書くことに迷いがなくなってきました。
書くネタなんてすぐ尽きるだろうと思ってましたが、
意外とそうでもない。
日々価値観を新たにし、何かしら気づきがあるものです。
そして他の方の記事を見ることで、他の方の生活や価値観を見て、
世界が広がっていくのも楽しいです。
僕はその事が無駄だとは思えない。
SNS自体が無駄なのではなく、SNSを使って承認欲求や
虚栄心を満たそうとするから駄目なのだと思います。
noteはテキストがメインなせいか、承認欲求や虚栄心に溢れた記事は
少ないように思います。
素直で健全な記事が多い。
僕はその点が好きですし、自分もそういった欲求は持たないよう
気をつけて書いてます。
そうしないと自分が不幸になるだけなので。
書くことに対して、読まれる期待をしない、執着しないと割り切った現在のほうが、昔よりも圧倒的にスキを頂いている状況です。
基本的にダッシュボードは見ないようにしてるのですが、
ちょっとだけ、邪心が湧いて、エゴサ気分でダッシュボードを覗いてしまいました。
でも平常心を維持できています。
昔ならもっと喜んでいたでしょうね。
少しは明鏡止水の境地に近づけたのかもしれません。
そういう実感こそが好ましいです。
静かに雑草が育つがごとく、日々成長していきたいものです。
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