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星に願いを

「世界は美しく、美しく ―ダイアローグ―」
 
 
うさぎとかめがある時かけっこで
山のてっぺんまで競争する事にしました。
うさぎは一瞬で遠くまで駆けていきました。
かめは地道に一歩一歩進みます。
 
うさぎはそりゃなんたって、機敏ですからね。
とてもすばしっこいのです。
 
かめは身体の関係でそんなに速く走る事ができません。
 
うさぎは昔の言い伝えであった事を知っていたので
途中でいくつも休もうかなと思ったのですが
休まず山のてっぺんにつきました。
それはもうあっというまでした。
 
一方、かめも同じく昔の言い伝えを知っていたので、
悔しいなと思いながら。
わからない結果のために山のてっぺんまで進み続ける事にしました。
うさぎは山からの景色を少し一望したそのすぐあと、
かめのところへ走りました。
うさぎにとってこの競争自体はとてもたやすい事でしたので
やはりあっという間に亀のところにつきました。
 
かめは少しの声で言います。
「手を貸さないでほしい。」
うさぎも少しの言葉で応じます。
「そうだね。わかった。」
うさぎとかめは何日かをかけて。
あの山のてっぺんにつきました。
 
うさぎは言います。
「これを見せたかった。」
かめは応えます。
「何度も見たくないと思った。けれど。君がいた。
この景色を忘れたりしない。」
 
歴史の教訓というのは。
少しだけ大事だとわかっていればとても役に立つのです。
 
ある時には。
人間だと名乗る鶴が恩返しにきました。
おじいさんとおばあさんは子供ができたように喜びました。
 
鶴は、一つだけ約束をしました。
夜。何か音がしてもふすまをあけないでほしいと。
 
おじいさんとおばあさんは昔の言い伝えもありましたし
何よりそんな事はどうでもいいくらい
人間の子供ができたと喜んでいましたから
決してふすまをあけませんでした。
 
季節が何度も何度も変わりました。
ある寒い日に鶴は何も言わずに一切を理解して
おじいさんとおばあさんに
 
小さなかすれる声で泣きながら
「ごめんなさい。」と言って
その翼で大きく空を舞っていきました。
おじいさんとおばあさんは
その声を同じく泣きながら聞いていましたが。
それでもふすまも玄関の扉もあけませんでした。
 
はじめからこうなるということはわかっていましたが
それでも嬉しかったから、喜んでいたから。
 
鶴の事をいつまでも人間だと心の底から信じていました。
それはいつまでも続きました。
 
ある時です。
 
みんながおなかが空くという夢を見たその次の日の学校で
みんなが持っている食事を持ち合い分かち合いました。
でもどうしてある時にそんな事が起きたか
いつまでもわかりませんでした。
 
いろんな神様はなぜか秘密が好きになり、
それを信じる人達も秘密が好きになったり。
いつの時代もどこにでも仙人のような人がいて
自分の役割を熟知したため。
 
ひっそり生きてひっそり死んで。
神様や仙人にとってはそれでよかったのです。
 
ああ、世界は美しくなる。
 
美しくなればいい。
もっともっと四季を告げる鳥も花も木々も。
とてもとても美しく。
海は穏やかにおしてはかえすゆりかごで。
その浜辺で恋人どうしはただ静かに聞いているだけ。
 
なんだ。
 
ああ、そうか。
救いも奇蹟もなにもかもつまっていた。
一人に一つだけ正解がわかっていればそれでよかったんじゃないか。
科学の力だけで世界はこんなに美しくはなれないが
私達には科学が必要で。優劣なく。
火が暖かければ暖かいねと言い合える兄弟がいればよく。
一人であってもそれはどうであれ。
独りになろうとも孤独が来た事を受け入れる世界もあり。
あるとき目が覚めたら世界あたり一面が黄金に輝いて。
宙を浮く自分に驚いて。
 
いつか、いつか。
誰もが自分はどんな形であれど
眠くて眠くてしかたがなくなる事がわかって。
だからそれを早める事も遅らせる事も良しとせずに生きる。
 
これをきっと人生と言って。
 
なにもがない時に悲しいというのは私も悲しいとか。
そういう気持ちが同じであるとか。
 
ほんの少しのおんなじところを知っているから。
人間は他の人間をおんなじわっかでとらえて
仲良くできたりその逆もあったりして。
 
美しくあれと願う気持ちが少しでも星に届けばいい。
どの星であれども届けばいい。
 
向こうの星の推定人類も。
きっとそう思ってくれている事だろうとなんとなく思って。
いつも、いつも、瞬きの間になくなってしまうから気がつかなかった。
ああ、本当にいつも、いつも。
 
世界は始まりから終わりまで美しく、美しく。
生きる時間も年老いていく過程も美しく、美しく。
 
 
 
「星に願いを」
 
 
――ああ、綺麗。星が砕けて砕けて
ソラから地上に落ちるのは、とてもとても美しい。
これは何十年かに一度の流星群だそうだ。
 
今世紀最大の。史上初の。歴史上類を見ないほどの。
こういった類のうたい文句には正直飽きていたところだ。
ああ、でもこんなの生まれてはじめてだわ。
リリカルな表現が思いつかないので
有体に言うなら、流れ星がとっても綺麗です。
私は宇宙服を着込んでヘルメット越しに
片腕の酸素残量を見つめる。
 
ああそっか。あとちょっとなんだね。
溜息すらもったいないので、我慢我慢。
こういう時、楽天的でユーモアがわかる友人が近くにいないのが残念だ。
現在、西暦を終えて数年たった人類は月での生活をはじめていた。
最初は歴史の遺産?
 
古い言葉でレガシーというのかしら?
月の土地の権利書で人類はすっごくもめた。
そのあと権利書はぜーんぶ国が買い取りました。
そんなこんなでもーっともーっと混乱しましたとさ。
それからというもの、人類はやっぱり人類として
前の惑星から月に変わっても同じでした。
そう学校の教科書に書いてあった。
歴史の教訓というのは
少しは活かされたけど少しも活かされなかったのね。
 
月の地上で生活するには市民権が必要だ。
そうでないものは地下へと流れる。
市民権は功績を称えられて手に入れることができる。
一部の特権階級を除いて、"良い事"をすれば市民権は得られる。
もちろん失う事もあるのだけれど、普通はない。
真面目で善人しか市民権は得られない。
 
だって遺伝子の戦いによる決着はもうここまできているのだもの。効率を重視したAI搭載のロボットに仕事を奪われた結果とも言える。そうやってシステマティックに人類は計算されて配置された世界で。
ある日突然。
 
そうね。
あなたたちにとっては、
ある日突然のことではなかったのよね。
地下に住む住人達の大規模な暴動が起きた。
 
たった24時間で2割の人間が築きあげた文明を、8割の人間にこなごなにされた。
 
ああ、そっか。うん。
きっと。きっとこういう考え方が私たちはよくなかったのかな。
人間を数で一つにまとめるなんて。
そんなんだから私たち失敗しちゃったんだね。
 
ソラを見上げるとやっぱり星が綺麗だ。
さーっと、暗闇を駆け抜ける光。
それが短時間でいっぱい。
私。今ので幸せ使い切っちゃったかも。
うん。
 
今のはジョークとしてはいまいちかもしれない。
ユーモアがわかる友達が近くにいてくれればなぁ。
 
この辺りは地層の関係で爆発は少ない。
月のお家は距離が離れているかわりにレールが通っている。
その上を車輪の上に大きい箱を載せた
旧文明では路面電車というのが走っているのだ。
もちろん宇宙服を着て。
 
なんで路面電車なんて古い言いまわしを知っているかというと。
実は私。歴史学者なのです。
今のはジョークではないけれど、ユーモアはあったと思う。
でも笑ってくれる人はもういない。
あとはお察しの通り命からがら大きい箱から
たまたま乗り込んだところで起きたテロから急いで脱出。
何もこんな日に、星がこんなにも降る夜に。
静かな静かな宇宙で、やらなくたっていいじゃない。
何十年かに一度の流星群が流れているのよ。
なんて事を思いながら、仕事をこなす。
私の使命は後世に歴史を残すこと。
どんなにひどい歴史でも、私は残します。
 
それが芽になるかもしれないから。
もう少し、もう少し。
入力しているペンで数式を書いて。
腕が疲れたらソラを眺めて。
あとちょっとで酸素欠乏症で死ぬのに。
少しでも書けたらそれでいいの。私の肉体は滅んでも
私の精神は決して、こんなことでは滅ばない。
私は私の万感の思いをまとめあげて練りこんで。
……もしかしたら今の私は狂気の域かもしれない。
酸素が少ないとさっきからアラームが鳴り響いている。
うるさいなぁ。目なら覚めてる。意識も大丈夫。
これが人生の最後なんだから好きにやらせてほしいものだ。
 
歴史学者はもう私しかいないのよ。
 
最後に1文字と短い数式を書き込む。
――っ。
 
タブレットをアタッシュケースに入れて。ロックをかける。
ああ、やり終えたのね。私。
 
あと何分だろうか。何秒だろうか。
お願い。
ちょっとだけでいいから、
ゆっくりこの綺麗な流星群を眺めさせて。
 

「祈り」
 
 
ハゲワシと少女。有名な一枚の写真がある。
あの写真とおんなじような地域の
どこにでもあってはいけないけれど
どこにでもある紛争地帯のお話。
 
どこにでもいる少女が、か細い祈りを捧げたけれど
全部裏切られてしまったお話。
少女はそこにいた、年端もいかない子供だ。
少女はぼろ布をまとっていた。
けれども信心深さは誰よりもあった。
 
戦争屋が安上りの銃弾と兵器を売りさばき。
少女は運悪くそれを担いで構えて訓練をして
隊列を組んで、武装していた。
少女には同じ運悪く似たような境遇の友達がいた。
男の子でも女の子でも、その日のデザートの
チョコのかけらが少し多かったとか
 
そんなちょっとのことでも真剣に大笑いした。
 
ある日少女はまたしても運悪く大人たちの言う
ムズカシイ作戦に参加させられた。
理由なんかどうだっていい。
ちょっと足が遅いとか。
 
ごはんを食べるのが遅いとか。
銃の組み立てが遅いとか。
 
作戦ははじめからうまくいく算段がついたものではなかった。
音が先なのか光が先なのか
もの凄い爆発のあと少女ははぐれた。
戦場において隊列からはぐれ
隊長の指示を仰げないということは
直結してこれから死ぬということを表す。
銃弾の連続した素早い音に恐怖した。
 
しかしなによりも恐怖したのは何もできないということだ。
そして何も救ってくれやしなかった神様への気持ちに絶望した。
その時少女の信仰が死んだ。
 
すべてを頼って、いつかなんとかなると思った。
だって私が死ぬはずないもの。
だって私は私なのよ。死ぬってどういうこと、
殺してしまうってどういうこと。
どうして争うの。どうして戦わなきゃいけないの。
私がなにをしたっていうの。
彼女はより長く生きながらえるために
それを心の中でさんざんわめいた。
 
――ああ、神様。どうか私を助けてください。
鉄が鳴り石が砕ける音が近づいた。
 
ここまでが全部裏切られてしまったところまでのお話。
お話には続きがある。
 
そして少女は為す術なくガタガタ震えながら銃を握りしめた。
 
「チョコレート。」
カタコトの私が知っている言葉で話しかけられた。
意味がわからなかったし。い
いつ死ぬかわからない事に戦慄しきっていた。
「チョコレート。タベル。」
敵だって聞いていた兵隊がとってもぎこちない笑顔でそういっている。
 
ああ、チョコレート。
 
多いか少ないかそんなことで騒いでいたチョコレート。
そのチョコレートを受け取ったかわりに銃を捨てた私は今。
大学でどうやったら平和な世界にできるか
学問の道に進んでいる。
唐突だけど、私はそれはもう文字の書き方から言葉通り死にもの狂いで勉強した。
 
だって私は知っているもの。戦争がいけないことだって。
きっと、神様はいるんだと思う。
私の知っている神様は私にチョコレートをくれたもの。
神様は私に人間の御遣いをくださったんだと思う。
みんな悲しい終わりを迎えてしまったけれど。
そのみんなに一つずつ花をそえるような
意味を与えていきたいから。
だから私のお話はまだ続く。
道のりは険しいけれど、まだ続く。
 
神様。
どうかお願いします。
平和な世界を。
祈りが届きますように。

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