父親不在の社会的影響:アメリカ教育問題の裏にあるもの
前投稿では、アメリカのIQの低下や学校教育の危機などについて書きました。そして「なぜ最近のアメリカはこのような厳しい状況に陥ってしまったのか」と考えていました。その一因として、最近Youtubeなどでよく目にするのは「父親不在」説です。2023年公開のFatherless Epidemic ( 父親不在の流行) というドキュメンタリーもYOUTUBEで見ることができます。
「父親不在は子供に悪影響」という説は、個人的には少し古いように感じました。もちろん何らかの影響を子供の成長に及ぼすのでしょうが、今では誰も口にすることはなくなりました。
家族同士の結婚や世間体を気にして離婚できなかった昭和の時代は終わりました。最近では、「夫婦仲が悪いのに一緒にいる方が、かえって子どもの精神衛生や成長に良くない」という考えがコンセンサスとなり、日本でも離婚が当たり前になりつつあります。
しかし、結婚したカップルの6割以上が離婚するアメリカで、「今の現状は父親不在が増えたからなのでは」という説を唱える人たちが多い印象を受けます。
調べてみると、多くの研究者がこの問題を科学的に証明していました。
父親不在の影響を示す研究結果
では、実際に父親の不在がどのように、そしてどの程度、子どもの成長や精神衛生、行動に影響するのか、研究から導き出された具体的な影響を紹介します。
1. 犯罪率
父親不在の家庭で育った子供は、犯罪行為に関与するリスクが2倍から3倍高いとされています【参考: Father Facts】。適切な規律やガイダンスが欠如することが、こうした問題行動のリスクを高める要因となっているのだそうです。
2. 学業成績
父親不在の場合、子供の学業成績は低下し、高校中退のリスクが増加することが確認されています【参考: National Fatherhood Initiative】。父親がいないことで、学習へのサポートや励ましが不足し、結果として教育機会が減少することが原因とされています。
3. 精神的健康
父親不在の子供は、抑うつや不安などの精神的健康問題を抱えるリスクが高いことが示されています【参考: Growing Up With a Single Parent】。幼少期に父親から受けられるべき感情的サポートが不足することが、これらの問題の一因となっているようです。
研究結果は信頼できるのか?
しかし、これって本当に父親がいないせいなの?それとも他の原因では?
例えば、父親がいないと経済的に苦しいことも多いので、「経済的要因が子供の成長に影響しているのでは?」と思うのは普通のことです。
多変量解析からわかること
そこで「多変量解析」という科学的な手法を使います。ここで紹介している父親不在説を支持する研究では、このような統計手法を用いて、複数の要因を同時に考慮し、その中でどれが本当に影響を与えているかを調べています。例えば、父親不在以外の変数(経済的状況、母親の教育レベル、居住地域など)を考慮した多変量解析が行われています。
この分析の結果、経済状況など他の要因を取り除いても、父親不在が子供の成績や幸福に影響を与えていることがわかりました。つまり、経済的状況や母親の教育レベルが高くても、父親がいないこと自体が子供の健やかな成長に重大な影響を及ぼすことが確認されたのです。
縦断研究の結果は?
その他の縦断的研究の結果も、同様の結果を証明しています。縦断的研究とは、同じ人々を長い期間にわたって追跡し、時間の経過とともに起こる変化や成長のパターンを詳しく見ていく研究です。
サラ・マクラナハンの縦断的研究では、父親不在が子供の思春期や成人期に至るまでの長期間にわたって、子供たちのメンタルヘルスや行動に一貫して悪影響を及ぼしていることが確認されています。
具体的には、以下のようなことがわかっています。
1. 抑うつや不安
父親不在の影響は、子供が成長して成人期に入っても続き、抑うつや不安のリスクが高まることが示されています。これは、幼少期に父親から受けられるべき感情的サポートが不足することに起因します。
2. 反社会的行動
父親不在の子供は、成人期に至るまでに反社会的行動を取る傾向が強くなることが多いです。これは、幼少期に適切な規律やガイダンスを受けられなかったことが影響しています。
学業成績の低下
父親がいないことで、子供の学業成績が低下し、結果として教育機会が減少することがあります。これにより、成人期においても経済的安定を得るのが難しくなります。
3. 親密な関係の形成の難しさ
父親不在の影響は、子供が成長して成人期に至った際に、親密な対人関係を築くのが難しくなることがあります。これは、幼少期に父親との健全な関係を築けなかったことが原因です。
父親の役割とその重要性
このように父親不在の悪影響を列挙されると、「じゃあ、不仲でも離婚せずに同居を続けた方がいいの?」とか、「無責任で家庭を全く顧みない父親でも、いた方がいいの?」などと疑問に思うかもしれません。
いいえ、有害な父親からは早く離れた方が良いです。
重要なのは「父親がいること」ではなく、「父親がその役割と責任を果たすこと」なのです。
父親の存在と責任
社会学者デイビッド・ポペノーは、家にいても子供に無関心で、携帯ばかり見ている父親や、仕事が忙しく子供と接する時間がほとんどない父親は、たとえ同居していても存在していないのと同じだと言います。
また、「離婚後も定期的に子どもと会っていれば、父親としての責任を果たせるだろう」という意見もありますが、ポペノーはこれにも異を唱えています。
離婚後の父親の役割
彼の研究によると、離婚後にたまにしか子どもと会わない父親は、子どもに甘くなったり、表面的な会話しかしていないことが多く、父親としての責任を十分に果たしきれていないことがわかりました。
また、進化心理学の観点から見ると、父親は離婚して子どもと物理的に離れると、子供に対する責任を感じにくくなる傾向があるようです。これは、男性が生物学的に女性よりも子孫に対する投資が少ない傾向があるためです。つまり、男性は育児にかける時間やエネルギーが女性よりも少ないことが多いのです。
したがって、男性が子どもにとって有益な父親になるためには、結婚制度のような文化的・社会的な制約が必要だとポペノーは主張します。
結婚制度と父親の責任
子供にとって重要なのは、父親の存在だけでなく、父親がその役割と責任を果たすことです。これを実現するためには、結婚制度のような社会的な制裁を男性に課す必要があるとポペノーは主張しています。これにより、男性が父親として我が子に対して責任を持ち続けることができ、子供たちの健全な成長が支えられるのです。
社会の変化と父親の責任
私も彼の意見には賛成ですが、これは現在の社会的傾向に反しているように思います。今は結婚も子供の数も減っており、より個人の自由な生き方が尊重される時代です。
また、「イクメン」や「ジェンダーフリー」といった社会的な考え方が浸透し、男女同権から男女同質へと飛躍しているようにも見えます。これを社会の「権利」と捉える現代社会では、この議論は受け入れられにくいかもしれませんね。
しかし、アメリカでの「父親不在理論」が一部で肯定され始めているのは、これまでの行き過ぎたポリティカル・コレクトネスに対する揺り戻しが起こっているのかもしれません。
新しい父親像の模索
しかし、ポペノーの主張にはやはり重要なポイントがあると思います。どんなに社会が変わり、個人の自由が尊重されるようになっても、子どもたちに必要なのは安定した家庭環境であり、その中で父親が果たすべき役割は大きいのです。男女平等や多様な家族の形が認められることは素晴らしい進歩ですが、同時に子どもたちが父性を感じられる生活環境も必要です。
私の息子たちが度々保育園を訪れ、子どもたちと遊ぶことを嬉しく思っているのも、お父さんと遊んだことのない子どもたちにも、お兄さんたちと触れ合うことで、女性とは違う、大人の男性と遊ぶダイナミックさや高揚感を感じてほしいからです。
女性の先生にはいつも甘える男の子たちも、息子たちの前では「こんなことできた!」「あんなことできた!」とひっきりなしに自慢しにくるみたいで、態度が変わるんですよね。「自分もお兄さんみたいに、強い男の子になるんだ」という気持ちが芽生えているんだな、と感じ嬉しくなります。
私が中学校で教師をしていた時や巡回指導をしている時も、若い男性の非常勤講師にお願いして、非行傾向のある男子生徒の良い相談相手になってもらったことを思い出します。私もそのような男子生徒たちとはかなり関わっていましたが、やはり私だけでは不十分で、男性のロールモデルが必要であることを感じました。特に危ういタイプの思春期の男子には、身近に共感的で正しい方向に導いてくれる、子どもたちが心から尊敬できる人物が必要です。そうでないと、あっという間に危険なグループの一員になってしまう危険性があります。
最近、日本では「オヤジの会」がある学校がありますよね。すごく良い試みだと思います。お父さんたちもコミュニティの一員としてソーシャルになれることで、子どもたちにとっても良い影響を与えることができます。父親たちが積極的に関わることで、子どもたちは家族だけでなく、コミュニティ全体からの支えを感じることができるのです。
最後にアメリカの父親不在家庭の統計をちょっと紹介します。
アメリカの父親不在家庭の統計
References
Fatherless Epidemic" Documentary (2023)
National Fatherhood Initiative. (n.d.). Father Facts. Retrieved from National Fatherhood Initiative
McLanahan, S., & Sandefur, G. (1994). Growing Up With a Single Parent: What Hurts, What Helps. Harvard University Press.
Popenoe, D. (1996). Life Without Father: Compelling New Evidence that Fatherhood and Marriage are Indispensable for the Good of Children and Society. Free Press.