「わからない不安」を乗り越える
双極性障害の躁状態には、多弁、浪費、性的逸脱、不眠、誇大妄想などの症状が挙げられます。しかし、「買い物やギャンブルに莫大な金額をつぎ込む」といった説明を聞いても、その影響の大きさや、具体的にどのような事態が起こるのかを想像するのは容易ではありません。さらに、この症状の現れ方には個人差があるため、自分の家族やパートナーがどの程度の影響を受けるのかも分かりにくいものです。
この「分からない」という不安こそが、初めての躁転時に当事者の家族を苦しめる大きな要因の一つです。しかし、不安を和らげるためには、双極性障害について深く理解し、知識を深めることが重要です。「分からない」ことからくる恐れを減らすことで、より冷静に対応できるようになります。
双極性障害の症状によるトラブルをできるだけ軽減するためには、当事者の周囲にいるサポーターが病気への理解を深めることが不可欠です。周囲の理解が深まることで、当事者自身の症状を適切にコントロールする助けにもなるはずです。
加速する躁転
家を出ていき、さらにおかしくなっていっているモトットですが、私はなるべく普段のように連絡をし続け、連絡が途切れないように、しかししつこくなって嫌がられないように注意をしながらLINEだけで連絡を続けます。
「前には〇〇って言ってたけど、今は△△と言ってるよね?明らかに、おかしいのよ。クリニックに一度いって欲しい」
しかし、彼からは
「僕はずっと不安障害だったけれど、それを克服した!双極性障害を克服した!」
という連絡が返ってきます。
モトットは財産分与の請求など、私を脅すような発言をする一方で、それとは関係のない平和な内容の返信も送ってきます。躁転した彼の言動には一貫性がなく、思考は細切れで脈絡がないことがよくわかります。
例えば、私が近所の空き物件を見つけたと連絡した際には、
「今見に行ったけど、もう決まってたみたいやわ!こういうことがないように、今後はちゃんとお金を準備しておかないとね!」
という返事が返ってきました。まるで離婚協議をしていない夫婦のような口ぶりで、彼のビジネスへの情熱が異様に高まっていることが伝わってきます。
躁状態で病識がなくなる問題
こうしたやり取りを続けながら、私はオープンチャット(オプチャ)やClubhouseを活用し、双極性障害に関する情報を集め続けました。
Clubhouseでは、川尻さんが病院に関する情報を教えてくれます。私は、どうすれば元夫を通院させられるのか、そして入院が必要なのではないかといった点について相談しました。
「最近は精神疾患の患者の人権が重視され、医療保護入院も難しくなっている。措置入院は自傷他害の恐れがある場合に可能だけど、モトットくんがそこまでではないなら、医療保護入院になるかな……。とにかく、一度主治医に連絡して状況を説明してみるしかないね。」
また、当事者であるRUKAさんは、優しい言葉をかけつつ、当事者目線で教えてくれました。
「躁転しちゃうと、自分が病気であることが全くわからなくなっちゃうんですよ〜。全能感があるんですよ〜。何を言っても聞いてくれないと思います……。同じ当事者として、心配をかけて申し訳ない。」
一方、LINEのオプチャでは、躁と鬱が同時に混在する「混合状態」という自殺の危険性が高まる症状があることや、躁状態の期間や症状には個人差があることを知りました。私が最も気になっていたのは、この状態がいつまで続くのかという点でした。しかし、人によって異なるため、明確な基準はないことが分かりました。
「4年間躁状態が続いた」という人もいて、胸が詰まる思いになりましたが、平均すると躁状態の期間は3ヶ月ほどだということも分かりました。少しだけ見通しがついた気がしました。
当事者の配偶者として気になる「性的逸脱」という症状
結婚している当事者にとって、「性的逸脱」は浮気を意味する場合があります。この問題は非常にセンシティブなため、オプチャで質問をしてみました。しかし、ある女性メンバーからは、
「そんな繊細な問題をずけずけと聞いてくるクソ健常者!!」
と罵られました。さらに、目黒区の裕福な家庭の当事者であるボンボンさんは、「今、元夫の頭の中はこんな状態だよ!!(笑)」と、あるPVを送ってきました。
もちろん、疾患を抱えている当事者自身が最も苦しんでいることは理解しています。しかし、彼らを支えようとする家族への配慮はあまり感じられませんでした。特に、躁転によって妻子に離婚されたボンボンさんは、離婚の可能性がある私に対して強い態度を取っていました。
当事者が勧める理解のための資料
そんな中、オプチャの管理人であるネタさんは、当事者家族の参加を歓迎し、私の姿勢をサポートしてくれました。彼が勧めてくれた、双極性障害の理解を深めるための資料は以下の通りです。
1.『Shrink〜精神科医ヨワイ〜』
ネタさん一押しの漫画で、「とりあえずこれを読め!」とのこと。時間をかけずに読めるうえ、症状が分かりやすく描かれており、初心者には最適な教科書でした。何より、当事者たちが「自分たちの症状をよく表現している」と評価している点で、信頼できる資料だと思いました。
2.『Modern Love』シーズン1 エピソード3「ありのままの私を受け入れて」
Amazon Primeのオリジナルドラマで、アン・ハサウェイがラピッドサイクラー(短期間で躁鬱を繰り返すタイプの双極性障害の当事者)を演じています。彼女の演じる主人公は、朝には上機嫌で素敵な男性に声をかけるものの、デート前には突然鬱になって動けなくなる――そんな激しいアップダウンをリアルに描いています。
3.『ウルトラ図解 双極性障害』
オプチャのメンバーが「理解の助けになる」と勧めてくれた一冊。推薦してくれた人は、著者の病院に通院しており、「精神科医にも双極性障害に詳しい医者とそうでない医者がいる」と教えてくれました。図解が多く、初心者にも分かりやすい内容になっています。
こうした資料をもとに、私は急速に双極性障害についての理解を深めていきました。