躁転の具体的なサイン
前回もお話ししましたが、モットの性格は本当におっちょこちょいです。その性質は、ありがたいことに躁転しても変わることはなく、結果的にはモトットの「やらかし」を減らすことに繋がりました。情報源があるおかげで、モトットの異常な行動を私は先回りして抑えることができる「モグラ叩き」が実現したのです。この「モグラ叩き」については、近いうちに詳しく書きたいと思います。
躁転の兆候は後から振り返ると、いくつもの小さな兆しが一本の筋道に繋がっていることがわかりますが、当時はそれらが断片的なものにしか感じられず、「なんとなく変だな」といった漠然とした感覚しか抱きませんでした。また、軽躁状態では、冷静になる時間やきっかけが訪れるため、少し変だと感じても「ちょっとした衝動性」と片付けてしまい、兆候を見逃していたのかもしれません。これは、認知症の方が一時的にまともな状態に戻る様子に似ているように感じます。
さてさて、前回の続きです。正月明けに再会したモトットの異常行動は大きくは以下の3点でした。このほかには、今まで近寄らなかった、大学のOB会に出席するなど、活動性の増加を裏付ける、交通機関の領収書などが、彼の机の上に放置されていました。
1.タバコを吸っていた
彼のリュックサックからタバコの匂いがしたのですぐ気がつきました。この問題は、私たちにとって非常に重要でした。私の妊娠を機に禁煙をしたモトットは、何度も喫煙が私に発覚し、その度に喧嘩が起きていました。特に、うつ病や双極性障害2型と診断されてからは、喫煙がうつ症状を引き起こしやすくなるため、タバコは禁止していました。2023年の夏、再びタバコが見つかり、大きな喧嘩に発展しました。その時、コロナ禍で東京から避難し、私の実家に身を寄せながら、昼は息子の世話をし、夜は仕事をするという無理を重ねていた中で、1ヶ月間寝込むモトットをサポートしていました。喫煙が再発したことに、私はついに限界を迎え、「次にタバコが見つかったら、離婚も考える」と言い、離婚届を書いてもらうことになりました。この離婚届は、後に私がモトットとサクッとに離婚する手段となることになります。
2.不動産屋の名刺をもらっていた
近所の不動産屋さんの名刺があり、裏面には「沖縄産学 4月相談」と書かれていました。おそらく、修士論文が終わり、4月から何か新しいことを始めようと考えていたのではないかと思います。
3.数十万単位のお金を動かしている
銀行の「ご利用明細書」がモトットのデスクのところに貼ってありました。彼は77万円程度を引き落としか何かで一気に動かしていました。ちなみに私はモトットに修士課程の学費の借金を申し込まれ、50万円貸しています。そして、このふたつの金額は当時20代だったモトットにとっては、高額です。この金額の動かし方を見て、何かが始まっていることを確信しました。
2023年10月
モトットから個人事業主としての活動を法人化したいという相談を受ける。そして反対であると伝えました。(彼は事務作業が極端に苦手であり、特に確定申告の時期には毎回うつ状態になるほど負担が大きいため。)【自尊心の肥大・観念奔逸】
また、前月に公開されたモトットが参加し、そして賞賛されているYouTubeでの鼎談を、1日に何十回も繰り返し見返していた。(嬉しいにしても、何日も繰り返しみているのは少し異常でした。)【刺激を求める】
さらに、コロナ禍で減少していたTwitterの投稿が増加し始めました。(これは、直前に出版した本の宣伝のためでもありますが、極端に増加しました。)【社交性の増加】
2023年11月
掃除などには興味がないのに掃除グッズや便利なものを買い漁る【散財】
止めたはずの法人化の相談を弁護士に相談していたことが発覚【自尊心の肥大・観念奔逸】
2023年12月
私のプロジェクトにおける外注先のマネジメントをお願いしていたのですが、かなり強い口調で外注先を責めるような文章を送っていました。(後にそのことを指摘したところ、本人は「え?ほんま?」といった反応を示し、覚えていませんでした。)【易怒性亢進】
3歳の息子へのコロナワクチン接種について意見が対立し、喧嘩が勃発。当時、3歳以下の接種率が10%に満たない状況であり、さらに某感染研究所の理事を兼任する知人の医師から「慎重に考えた方が良い」というアドバイスを受けていた旨を伝えると、モトットは知人医師の著書やインタビュー記事をすべて印刷し(数十枚に及ぶ!)、息子のかかりつけ小児科に出向いて、「この医者はこう言っているが、どう思うか?」と意見を求めたようで、帰宅後、「奥さんみたいな反ワクはどうかしてる!この医者も金儲けのために言っているだけだ!」と言われたと怒りを露わにしました。それでも私は「息子には接種させない」という意見を変えません。すると、普段は温厚なモトットが強気になり、「こんなんならもう離婚やな!」と言い放ったのです。私はすかさず「分かった、じゃあ離婚届を書け。今すぐ印刷するから!」と答えました。すると、モトットは慌てふためきながらスーツケースに荷物を詰め始め、玄関先でこう言いました。「僕はやよいさんと息子を愛しているので、一度外で頭を冷やしてきます!💦今日は外泊します!」こうして彼は外泊することになりました。(なお、息子にはコロナワクチン以外の全てのワクチンを接種させています)【好訴性】
前述の喧嘩から一夜明けた翌日、モトットは私と息子を保育園の暗闇で待ち伏せしていました。保育園に入ろうとするモトットを私が拒否すると、息子を退園させた際に自転車に乗せた息子を奪おうとしました。「警察を呼ぶよ!」と警告すると、片方の口角を上げ、不気味な笑みを浮かべた彼の表情はまるで悪魔のようでした。その後、家で話し合いを始め、仲直りをすると、彼の表情は通常の穏やかなものに戻りました。
鍵の掛け忘れが増える【注意散漫】
2024年1月
普段は全く飲まない、好きでもないお酒を飲んでいる【刺激を求める】
夜中に外を歩き回る【行為心迫】
睡眠時間が短くなっている【不眠】
当時、双極性障害1型についての知識がほとんどなく、この時点ではまだ状況の全体像がぼんやりとしていました。【】で記した症状は、後に勉強して知った双極性障害の躁転時に見られる特徴です。振り返ってみると、躁転が徐々に始まっていたことがよく分かります。
当時のモトットは、双極性障害2型とADHDの診断を受けており、主治医の方針により、2023年10月にコンサータやラツーダなどの薬を断薬していました。この断薬が、その後の躁転を引き起こす一因となっていた可能性があります。
この後、私はタバコの件をきっかけにモトットと喧嘩をすることになりますが、結果的にこの喧嘩がモトットの躁転をさらに加速させてしまう要因となりました。