『贅沢のススメ』
本城雅人さんの作品。
買収会社に勤める古武士と上司の藤浪は、一般の人から見たら贅沢に見えるものを提供する会社の買収を試みる。高級イタリアン、オーダーメイドシャツ、アンティーク時計、ワイナリー、サービスに優れたホテル。古武士はこれらの企業で従業員として働くことになり、贅沢とは何かについて考えていく。
藤浪は買収をして企業を潰そうというわけではなく、その企業がどうしたら今後も続けられるかということに焦点を向けていたので、人柄が素晴らしいと思った。古武士がアンティーク時計を当てるシーンを読んだとき、短期間働いただけであるのにすごいなと思った。しかし、その後それに裏があるとわかって納得した。ときには財布の紐を緩めて贅沢をするということも大事だと感じた。特に一級品に触れる、体験するということはとても大切だと思った。ワイナリーの話が個人的に面白かった。ワインの味を見分けられるほど舌が肥えていないので、いつか見分けられるようになりたいと思った。
印象に残っている文
「トマトソースは銃弾と似ているよな。防備していないところに、狙い澄ましたように飛んでくる」
「でもね、古武士君。私はどんな店で修行したかより、どれだけその料理が好きかの方が大切だと思うの。」
「ですけどイタリア人の本音は『明日の雌鳥よりきょうの卵』なんです。卵が雌鳥になってこれから幾つ産もうが、きょう卵が食べたいと思ったら食べてしまう。思い立ったらすぐに行動に移すせっかちさがイタリア人の魅力なんですよ」
ナポリタンはケチャップを使った日本発のスパゲティーで、イタリア料理ではない。
「だいたいの男の人の首回りは、ウエストの半分ということになってるのよ。」
「あら、あなたもやっぱり男ね。一分が五十五秒で回ってる」「五十五秒?」「男性と女性で時間の進み方が違うのよ。だから男女はお互いが相手に合わせようとする思いやりがないとうまくいかないの。あなたもここでしばらく働くのなら、これからは六十秒でお願いね」
「良いシャツは一本ではなく、二本の糸を撚り合わせることで強度を持たせた双糸の生地を使うことが多いんです。」
昔はどこのクリーニング店も客に断りなくタグに油性ペンで名前を書いた。
「人間味なんて言葉は、とても素敵だけど、実際に男を見極めるのにまったく役に立たないってことよ」
「はぁって、八十年も前と言ったら太平洋戦争が始まる前だぞ。車や電車の走る速度だって違うし、人の忙しなさだって、情報が伝達するスピードだって今と全然違っていたんだ。それなのに時計だけは、誰かの腕の上で、今と同じペースで時間を刻んでいたんだぞ。すごいことだとは思わんか」
「成し遂げんとした志を、ただ一度の敗北によって捨ててはならぬ!」
「これは人生のすべてにおいて言えることですが、安定した人生から不安定な人生に移行した瞬間に、人というのは強い活力とともに、新たな発想が生まれると言われます」
一、二回目で弾かれたものは格安のワインやジュースにされる。三回目、四回目は中、上級のワイン、そして五回目の選別で残ったものがワインコンクールなどで幾度も賞を受賞してきた一本二万円もする最高級ワインとして醸造される。