乳頭混乱その1 産後1~3日 すべてはここから始まった
出産のために入院していた病院はハイリスクの妊産婦さんが多く入院していました。母体の保護・回復を優先している母子別室の病院でした。
産後1日目 起き上がることも授乳もなく
帝王切開で出産した翌日に、麻酔が切れないままストレッチャー(簡易ベッド)に乗って同じフロアにある新生児室へ体重2800gで生まれた息子に会いに行きました。その日は横になったまま抱っこしただけ。ほぼ動けない私の代わりに看護師さんが写真を撮ってくれました。服を着たままのカンガルーケア?のような時間を10分ほど過ごすことができました。痛みと麻酔でまだまだ朦朧としており起き上がれない状態でしたが、会えてよかったなぁと思いました。授乳は実施せず。
産後2日目 すべてはここから始まった
出産の2日後の正午、帝王切開の傷がものすごく痛いけれど、車いすに乗ってなんとか新生児室に到着。息子を抱かせてもらいます。メチャクチャ軽いぞ新生児!!そうこうしているうちに「授乳してください」と助産師さんに言われ、よくわからないままとりあえずおっぱいを息子の口にふくませてみますが、まったく吸わず。息子は寝てる?ようでした。とにかく反応がなかったのです。母乳は産前から出ていたので、多くはないものの初乳の分泌はしていたはずでした。
そして、そのあとに「じゃあ哺乳瓶で授乳してみましょう、目標は20ccです」といわれました。手渡された哺乳瓶を息子の口に差し込みます。飲んでくれた!哺乳瓶では何とか飲んでくれた息子でした。
思い起こせば、まさにこの時が2ヶ月半に及ぶ乳頭混乱との激闘+その後の奮闘の幕開けでした。こうして本当に苦しく長い地獄の戦いが始まることになるとはこの時は思いもしませんでした。
さて、こうして新生児室に3時間おきに行っておむつ替え+授乳が始まりました。夜21時の授乳を最後に朝9時までは新生児室の看護師さんが授乳してくれます。授乳のたびにおっぱいでの授乳練習をして、そのあとでその時点の目標授乳量を哺乳瓶で授乳します。息子は泣いてミルクを欲しがる様子もなく、おっぱいは無理やり口に入れることはできても一度も吸わず、哺乳瓶はようやく目標量までゆっくり飲みきるか残すかといったところ。目も両目を閉じているか、片目を開けているかのどちらかでした。1時間以内におむつ替えや授乳を済ませるよう指導されていましたが、時間内に終わらないことも多かったです。
産後3日目 母乳が飲めなくても看護師さんはスルー
産後3日目になっても息子はおっぱいを吸えず、さすがに不安を感じたので看護師さんにも相談をしたのですが、そんなに問題視はされませんでした。「まだ口が小さいから」「まだ母乳を吸う力がないから」「吸えないほうが普通」「ママの乳首がちょっと大きめだから」「まだ口をあけて舌を下あご側に動かせないから」などの理由があるそうです。
抱き方をいろいろ工夫してみてもおっぱいは吸ってくれず、哺乳瓶でやっと目標量まで飲ませることができた程度でした。顔が真っ黄色になって心配になりましたがこれは「黄疸」といって一時的にはよく発生する症状らしくあまり気にしないようにと言われました。実際翌日には改善していました。あまりにも泣かないので心配になって聞いてみたところ、3時間ごとに授乳しているのでそんなに問題はないとこのと。ほかにも深夜に泣いていることもあったとのことでした。
病院で使っている哺乳瓶の乳首は「母乳実感」というピジョンという会社のものであると教わりました。病院専用のものはパーツが少なく、これはこれでいいもんだなぁと入手方法を調べたりもしていました。
この時に双子の赤ちゃんを出産したママに、片方の子は哺乳瓶をタオルで固定して飲ませて、もう片方の子に母乳で授乳する方法を指導していました。哺乳瓶をタオルで固定して飲ませる方法を「立て掛け飲み」と呼ぶことはもっと後になって知ることになります。