「大増殖天使のキス」#毎週ショートショートnote
沸き立つ席の中で、その男だけがムスッと酒を喰らっている。テレビから聞こえてくるのは、正しくこの男の名前である。
男は何十年も鱚漁だけを生業としてきた。男には鱚の事しか分からない。ただ、何より鱚に情熱を注ぎ、愛情を持ってきた。
男が巨大な鱚とキスする夢を見たのは、そんな生業に限界を感じていた時である。「ダジャレでも何でも構うもんか」と、『天使の「キス」』と名付けた商品を投げやりに売り出した所、意図せずヒットした。
不思議と獲れる鱚の量も比例して増えていったのである。
鱚を見限ろうとしながら、こうして漁を続ける事が男はどうしても気に入らなかった。そんな想いで、男はテレビを睨みつけた。
「おいし〜!」
皆、鱚の天ぷらに恍惚とした表情で唇をすぼめる。男には、確かにその唇の先にあのキスの姿が見えた。
男はふっと軽くなる心地がした。お前は本当に天使だったんだな、と。
天使のもたらす幸福は、今日も唇を介して人々に広がって行く。
明日に備え、男は手に待つグラスをそっと机の上に置いたのだった。
「大増殖天使のキス」(完) — 436文字
参加させていただきました。
いつも、素敵なお題をありがとうございます。
少し超過してしまいました。
今後、精進します。
かしお