ファイナンスが苦手な人ほど「起業大全」Chapter9を読むことをお勧めする理由
今年の1月に「スタートアップのファイナンスや資本政策を考える際に読んだ方がよい記事や本10選」をnoteに書き、幸いにも多くの方に読んでいただきました。
この記事のアップッデート版を書こうといくつかネタは仕込んでいたのですが、先日読んだ「起業大全」Chapter9のファイナンスの内容が非常に素晴らしく、スタートアップや新規事業の資金調達に関わる1人でも多くの人に読んでもらいたいと感じました。そのため、今回の記事ではこの内容を深掘りしていきます。
スタートアップのファイナンスはなぜ難しいのか
普段スタートアップ界隈で仕事をしていると、多くの人から資金調達やファイナンスに関して苦手意識があるときくことが多いです。実際、ファイナンスの知識や経験がないと資金調達をどうやって進めれば良いのかいまいち掴めないということはあるかと思います。
確かに世の中には「起業のファイナンス」や慎さんが書かれた「スタートアップ資本政策の6箇条」のnote等、スタートアップファイナンスに必要なことは形式知として、すでに多くが世の中に出回っています。とはいえ、仮にこれらを読んでいたとしてもやはりファイナンスには難しいというイメージが付き纏っているようです。
この謎が起業大全Chapter9のファイナンスを読むことで解けました。ファイナンスが難しい理由、それは「ファイナンスの実務の現場は判断の連続だが、実際にどう判断していいのか形式知の知識だけだとわからない」からです。
例えば、出資の条件として投資家から次のようなことを言われるとどうでしょうか。
Valuationはプレで15億円。優先株を使って、参加型、優先倍率は2倍で、希薄化防止はフルラチェットでお願いします
ファイナンスになれていないと、「ええっと、プレは確か調達する前のバリュエーションのことか。優先株の特徴は普通株より優先されるだったよな。参加型で優先倍率2倍ってどう考えれば良いのか。フルラチェットって前で本を読んだけど、忘れたからもう一度読み直そう」という感じになる人が多いのではないでしょうか。
確かに上記のことは時間をかけて本を読んだり、ネットで調べればわかります。しかしながら、「どう判断すべきか」についてはそれ程詳しくは書かれていません。また、判断のよしあしは個別の事例や状況によって変わってくるので、ファイナンスになれていない起業家はどう判断をして良いかわからないのも実情です。
他方、投資家は年間に数百件という案件をみている百戦錬磨の方々です。ファイナンスの条件のメリットとデメリットの理屈に加えて、経験則からも理解されています。
このように情報的には不利な立場にいる起業家に対して、実務に即したファイナンスの全体像と判断のポイントを教えてくれるのがまさに起業大全Chapter9のファイナンスの章なのです。
スタートアップ経営全体から俯瞰した上でのファイナンスの位置づけ
「起業大全」はその名の通りまさに「大全」であり、スタートアップに必要なことが網羅的に書かれている大著となっています。本書は以下の目次の通り、ミッションビジョンバリューから始まり、戦略、人的資源、UX、セールス、マーケティング等、スタートアップで必要な知見をくまなく網羅しています。
Chapter 1ミッション・ビジョン・バリュー
Chapter 2戦略
Chapter 3人的資源
Chapter 4オペレーショナル・エクセレンス
Chapter 5UX
Chapter 6マーケティング
Chapter 7セールス
Chapter 8カスタマーサクセス
Chapter 9ファイナンス
そんな中、ファイナンスは一番最後のChapter9に位置しています。本書を通じて、意識的にファイナンスを学ぼうと思っている人以外はおそらく本書を最初から読み進めていくことになるでしょう。そのため、Chapter9のファイナンスにたどり着くために相応の時間がかかります。
実際、知人の記事がChapter9で引用されていたので、彼に連絡したところ、本人も起業大全は持っていたものの、その箇所に気がついていませんでした。
起業大全のChapter9は、この箇所だけ取り出すと50ページ強です。ブログやネットの記事よりも当然にしっかりした中身になっている一方、ファイナンスに特化した本よりも読みやすい内容になっています。また、他の戦略や人的資源の章等ともリンクして書かれているものの、このChapter単独で読んでも理解できるように構成されています
起業大全では、スタートアップの経営全体から俯瞰してファイナンスを学べることも大きな利点です。スタートアップのファイナンスに関わる仕事をされている方はまずは起業大全Chpater9ファイナンスの箇所を読むことを強く推奨します。
どれだけ議決権を渡せば良いのか
起業大全Chapter9ファイナンスを読むことで具体的にどのような場面で実務のファイナンスの判断に生かすことができるのでしょうか。以下では起業大全Chapter9ファイナンスに掲載されている事例を二つ紹介します。
一つ目は資本政策表です。スタートアップで資金調達をする際に必ず作る必要があるのがこの資本政策表(cap table)です。資本政策表とは、例えば「スタートアップ資本政策の6箇条」の著者である慎さんが作成された以下のようなものです(こちらからダウンロードできます。)。
(出所)スタートアップ資本政策の6箇条
このような資本政策表を作ることで、どのぐらい株式を希薄化するかがわかります。換言すると議決権を誰にどれだけ渡すことになるかがわかります。この希薄化でのポイントとなる域値は以下の3つです(起業大全P349)。
・3分の2以上は「支配権」を持つ
・2分の1以上は「経営権」を持つ
・3分の1以上は「拒否権」を持つ
「支配権」、「経営権」、「拒否権」を持つことによる違いは次のとおりです。
(出所)大戸屋HDに“外食の雄”コロワイドが「敵対的買収」。発端は創業家が売却した19%の株式
株式(議決権)を保有する割合をどう維持するかがまさに資金調達における大きな判断になってきます。例えばシリーズAの時点で、経営陣の持ち分が68%ぐらいだっとします。そうするとVCからは口頭で言われなかったとしても、「今回のラウンドでは経営陣の持ち分を2/3以上をきちんと確保するように資本政策を考えているんだな」というように、「ファイナンスを理解している」という印象を持たれるようになるでしょう。
というのも、この割合を確保できるかどうかは、バリュエーションをいくらにして、いくら調達するか、誰に株式を渡すか、ストックオプションの発行はどうするか等がすべて関連してくるからです。
株式(議決権)の配分をどうするかについての唯一の答えはなく、まさに経営方針そのものとなりますが、Chapter9ファイナンスを読んで、上記のことを意識していれば自信を持って配分の判断をすることができるようになります。
優先株をどう使えば良いのか
二つ目は優先株のご紹介です。優先株とは普通株の対して優先的な内容が定められている株です。
(出所)起業大全P363 図表9-22 優先株の位置付け
ですが、優先株の定義は分かったとして、実務において優先株を使うかどうかの判断はどうすれば良いのでしょうか。本書では優先株のメリットとデメリットを起業家と投資家のそれぞれの立場から次のように解説をしています。
(出所)起業大全P362〜P363を文章を参考に作成
このように同じ優先株でも「起業家」から見るか「投資家」から見るかで、優先株の景色や論点は全く変わってくるのです。
本書では多角的に優先株のメリットとデメリットをまとめた上で、優先株のを設定する際の交渉のポイントとして以下の解説も書かれています。
・会社のバリュエーション
・優先的残余財産請求権の設定
・優先的配当金請求権の設定
・普通株式と引き換えに取得する請求権
・希薄化防止条項 等
上記についても事例を踏まえて設定する際のポイントがわかりやすくまとめられています。もちろん実務的には本書を参考にしながら、弁護士から助言をもらうことが必要になってきます。
本書では上述した二つ以外にも、フェーズ毎にファイナンスで対応が必要なこと、資金調達の方法の使い分け、投資家との交渉のポイント、IPOとM&Aのメリットとデメリット等、実務でファイナンスの判断に有益な情報が豊富な実例とともに溢れています。
ファイナンスが苦手な人ほど起業大全Chapter9読むことをお勧めする理由
「ファイナンスの知識がないのですが、スタートアップの資金調達を考える際には、まず何から学べば良いですか。」
このような問いから自分が学んできた情報をまとめたのが年初にリリースした「スタートアップのファイナンスや資本政策を考える際に読んだ方がよい記事や本10選」です。冒頭に記載したように、ありがたいことにこちらは記事は多くの方に読んでいただくことができました。
一方で10選もあるので、こちらのnoteで紹介されている記事や本を全て読むのはそれなりに骨が折れます。
もっと簡単にエッセンスをつかみたい人にお勧めなのが今回紹介した起業大全Chapter9ファイナンスです。50ページ強で簡潔に内容がまとまっている上、スタートアップに必要なファイナンスの実務的なエッセンスがすべて入っているといっても過言ではありません。実際、私がnoteで書いた内容と同じ趣旨のことも多くが言及されています。
色々なファイナンスに関する記事を読んだものの、資金調達のエッセンスがいまだによくわからない方や、ファイナンスに馴染みがない人は入口としてまず起業大全Chapter9を読み、スタートアップにおけるファイナンスの全体像を掴むことを推奨します。その上で、もっと深く知りたい場合は、磯崎さんの「起業のファイナンス」や「起業のエクイティファイナンス」を手にとるのがよいのではないでしょうか。
さらにもっと幅広くファイナンスを勉強したいという方は、五常・アンド・カンパニーCFOの堅田さんが書かれた「ベンチャーファイナンス101」を参考にしながら、ファイナンスの知識の幅を広げるのも良いかと思います。
著者田所さんをお招きした読書会と起業大全の速習会を開催します
今回ご紹介した起業大全の著者である田所さんをお招きしたオンライン読書会を11月12日(木)19時から無料で開催いたします。本書を読んでより理解を深めたい方や直接田所さんの話を聞きたい方は是非ご参加ください。
また、本書を読んで11月12日のイベントに参加したいものの、読む時間がないという方に向けて、1章から6章までを速習できるオンラインイベントも11月10日(火)12時から13時で開催します。まだ「起業大全」を読めていない方、12日のイベントに参加したい方、そして起業大全の内容を素早く理解したいという方等は、無料のイベントとなっていますし、こちらもおきがるにご参加いただければと思います。
GOB Incubation Partners株式会社 CFO
村上