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《サス経》 オレンジジュースが教えてくれること

 最近、オレンジジュースが販売停止という衝撃的なニュースをよく目にします。値上げならともかく、販売そのものが停止されるとはどういうことなのでしょうか。

 価格上昇の一因はもちろん円安ですが、そもそもオレンジが世界的に不足して市場価格が倍近くまで高騰していることが主な原因のようです。高い価格でも安定的に原料を調達できず、原料の在庫がなくなったら販売を中止するメーカーが相次いでいます。

 しかし、この事態は以前から予見されていたことです。

 いま特に問題になっている産地はブラジルだそうですが、そもそも20年前からブラジルでの生産量は減少傾向にあり、最近では柑橘類特有の病気が蔓延して生産量が大幅に低下しているのです。日本の輸入元第一位であるアメリカのカリフォルニアやフロリダでも同様です。2005年頃から生産量が大幅に低下しており、気温の上昇や降水量の減少が主な原因とされています。これらは気候変動と大きく関連していると考えられますので、気候変動が収まらない限りこの傾向は続くでしょう。

 これはまさに気候変動による調達リスクであり、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)はこのリスクを明らかにするための枠組みです。

行動しなかった日本企業

 気候変動がサプライチェーン、つまり原材料調達に与える影響について私は以前から繰り返し指摘してきました。もちろん、どう対応したらよいかについても紹介して来ました。この問題に対して事前に対策を講じた企業の例としていつもお話しをするのが、イギリスの大手小売チェーンであるセインズベリーです。同社は以前はスペインから柑橘類を調達していましたが、スペインでの生産に気候リスクがあると認識し、2012年に南アフリカからの調達に切り替えました。もちろん、これには輸送のコストやCO2の増加などの問題などが伴いますので、これらをうまく解決しながら対応する必要がありました。

 当時のセインズベリーのCEOだったジャスティン・キング氏は、インタビューでこの決定について詳しく語っており、私は多くのセミナーでこの事例を紹介してきました。しかし、日本企業でこのことをすぐに見習ったところはほぼありませんでした。ようやく数年前になってごく一部の企業が、調達先を変更する動きを見せ始めたぐらいです。約10年の遅れです。

大切なのは準備すること

 誤解のないように付け加えますが、私は調達先を変更することを勧めているわけではありません。大切なのは、調達リスクを考えて準備することです。調達先の変更は、あくまでその一つのオプションです。こうしたリスク対策をどこまできちんとしていたかどうかが、今の命運を分けたと言っていいでしょう。

 このことは、気候変動や生物多様性を考慮した戦略的な対応が経営上、非常に重要であることを示しています。TCFDは、企業が気候変動によるリスクに気づき、適切な対策を講じるための枠組みです。しかし、多くの企業がTCFDのレポートを発行しながらも、原材料価格の高騰に対して適切な対応ができないのはなぜでしょうか。

 しかも、この問題は柑橘類に限りません。ココアやコーヒーも価格が上昇していますし、他の農産物も早晩同じような事態となるでしょう。価格が上がってから慌てたのでは手遅れです。どの作物やどの産地にリスクがあるのかを予め考え、リスクが顕在化する前に対策を講じておくことが現代の経営には求められています。

レポートを出すだけでは意味はない

 円安も今後そう簡単に状況は変わらないでしょうし、それ以上に原材料の調達が難しくなる事態は今後も続くでしょう。自社にとって重要な原材料が入手できなくなったときにどう対応するのか。そうならないためにどうするのか。今から準備が必要です。

 現在、TCFDに加えてTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)のレポートを準備する企業も増えていますが、重要なのはサプライチェーンのどこにリスクが潜んでいるかを明らかにし、そのリスクが将来的に事業にどのような影響を与えるかを理解し、今から対策を取ることです。単に表面的なレポートを発行するのでは意味はなく、本質的な対策を講じることが求められています。レポートを準備するのは、そのリスクに気づき、対策を始めるためきっかけを作るため、そう言ってすらいいかもしれません。

 このような視点を持つことで、企業は気候変動や生物多様性に対するリスクを減らし、持続可能な経営を実現することができるのです。皆さんの会社におかれては、そうした適切な準備を進めていただくことを願うばかりです。

 サステナブル経営アドバイザー 足立直樹

※この記事は、株式会社レスポンスアビリティのメールマガジン「サステナブル経営通信」(サス経)492(2024年5月24日発行)からの転載です。


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