おひいさまの代表 10月9日〜365日の香水
オートクチュールの祖
フレデリック・ウォルトは英国からパリにわたりドレスメイカーとして成功した人で、オートクチュールの祖という言われ方もしている。
仕立て屋ではなくファッションデザイナー、という概念転換を成功させた人と言っていい。
無名のまま起業したパリではナポレオン三世の妃、ユージェニー皇妃が初期の顧客になったことがライジングのきっかけになった。
私は服飾史の専門家ではないけれど、名香「ジュルビアン~JE REVIENS」のブランドとしてウォルトのことを見聞きしながら、ついでに創業者フレデリックの肖像画も目にし、なんとなく焼き付いてしまった。
朝香宮妃も着用された
創業者が1895年に亡くなったあとは息子たちが事業を継承し、ハウスは1950年代くらいまで続いた。
ジュルビアンを含む香水のラブレター五部作を世に出したのは二代目だった。
1910年代には、朝香宮ご夫妻がパリに滞在したおり、宮妃がコートやワンピース、スズランの香水などをウォルトで調達したという。
余談だけれど、これはショッピングを楽しんだというより、現地で鳩彦親王が骨折をされて予想外の長期滞在になったため冬物の調達をしたと何かで読んだ。
20世紀のウォルトのファッション
近現代ファッションの祖という認識のウォルトだけれど、創業者のデザイン自体はシャネルが破壊した19世紀的もの、になるし、事業継承した息子たちがポワレやシャネルの登場した新しい時代に、どのようなデザインをしていたのか、こんどゆっくり調べてみたい。
香水事業に特化
ファッションハウスとしての役割を終えたあと、香水事業だけは継続され新作も登場した。現在はフランスのジャック・ボゲ(Jacques Bogart)グループの傘下にある。
1977年にリリースされたのが「ミス・ウォルト(MISS WORTH)」である。
この少し前位に、女性を「ミス(MISS)」と「ミセス(MRS)」で呼ぶのではなく「ミズ(Ms.)」という結婚しているかどうかで分けない呼び方が出てきて男女同権などのムーブメントの後押しも受けて広がっていったという。
ウォルトを代表する女性、という付託を受けて登場した香水だ。
宮家に選ばれた理由
100年前のことではあるけれど、宮家が海外で服を調達するときに人気や好みだけで選ぶわけにはいかなかったはず。
「安心安全」の担保、つまり伝統的に品格があり信頼がおけること。
帝政下のフランスでユージェニー皇妃を顧客に持っていたウォルトには間違いなく信頼がおけたはず。
そう考えると、ウォルトを代表する女性というのは、伝統に裏打ちされ教養の備わった人、ということになるだろうか?
(お転婆ミス・ディオールとは対照的。)
Miss Worth/Worth/1977
女性が社会に台頭していった時代。
香りはしっとりと重厚なフローラルオリエンタル。オリエンタルだけれど妖艶さとは距離を置き、あたたかみ、深み、ソフトな質感。
アルデハイドやモスの様子も加わり、複雑さもある。
フローラル部分は、ジュルビアンに見られたような贅沢な香料使いで、スタークラスの花々が香りの核を形成している。
伝統の重みと、慎重さ、教養の豊かさと控え目、そういうことを両立させた香り。
香り、思い、呼吸
10月8日がお誕生日の方、記念日の方おめでとうございます。