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わたしが彼女を愛した理由 4 バンコク出張編 

朝の光がゆっくりとカーテン越しに差し込んできた。目が覚めた瞬間、ここ2日間の出来事がまるで波のように押し寄せ、胸が高鳴るのを感じた。ベッドの上で横になりながら、静かに天井を見つめる。Linとの時間がまるで夢のようで、現実感がない。それでも、体の中にまだ残る温かさが、それが確かに起こったことだと教えてくれる。Linの顔が頭に浮かび、胸がきゅっと締め付けられるような感覚が広がった。彼女に触れられた感覚、彼女の声、彼女の目――全てが鮮明に蘇る。いつもの朝とは違う、この心地よい混乱は一体何だろう?体も心も、今までとは違う反応をしている。

ベッドの中で少し体を動かすと、まだ昨日の余韻が残っているのがわかった。Linとの時間は、まるで自分の知らない新しい扉を開いたようだった。それが恐怖や戸惑いではなく、もっと期待と不安が混じったものだということにも、驚いている。女性に対してこんな感情を抱くなんて、これまで一度もなかった。でも、Linに触れられた瞬間、自分の中で何かが変わったことに気づいた。

「これは本当の自分?」ふと、そんな疑問が浮かぶ。Linへの気持ちは一時的なものなのか、それとももっと深いものなのか、まだわからない。ただ、彼女との時間は、決して忘れられるものではない。それは単なる感覚ではなく、自身に深く根付くもののように感じられた。静かにベッドから起き上がり、窓際に立つ。バンコクの街はすでに動き始めているが、その喧騒が遠くに感じられる。窓の外を眺めながら、頭の中で昨日のことをもう一度整理しようとする。Linにもう一度会いたい。その気持ちは確かにあるけれど、彼女が今どう感じているのか、そしてこれからの私たちがどうなるのか、まるで霧の中にいるようで先が見えない。

「どうするべきなんだろう…」心の中でつぶやきながら、Linへの気持ちと、これからの自分の行動を慎重に考え始めた。今はまだバンコクにいる。何かが始まろうとしているこの街で、自分の心と向き合う時間が必要なのかもしれない。


2日前、カフェでLinと向かい合い、軽く会話を楽しんでいると、ふと彼女が笑顔を浮かべながら「チャオプラヤ川沿いのイタリアンレストランを予約しておいたの」という。タイ料理が続いていたこの旅の中で、イタリアンという選択はどこか新鮮で、意外でもあった。「どうしてイタリアンなんだろう?」という疑問が頭に浮かぶと、Linの心の中を深読みしてしまう自分がいる。もしかして、タイ料理が続いていることに気づいていたのか、それとも彼女なりのサプライズだったのだろうか。彼女の気配りがさりげなくて、何か特別な意味があるように思えてならなかった。カフェを出て、予約されたレストランに向かった。チャオプラヤ川沿いにあるそのイタリアンレストランは、夜風が心地よく、目の前に広がる水面が静かに揺れていた。店内に入り、窓際の席に通されると、川の流れを眺めながら、食事の時間がゆっくりと始まった。

食事の途中、Linが「昨日のプレゼンの写真、いくつか見せてあげるね」と、iPadを取り出してくれた。興味津々で画面を覗き込むと、そこには壇上で話している姿が映し出されていた。彼女が私の何を見ていたのか、その視線の先に私自身がいるということに、深い感情が込み上げてきた。写真を見せられるたび、まるで自分の心も体も裸にされたような感覚に包まれる。レンズ越しに捉えられた姿は、見たことのない自分の一面を映し出しているようで、何とも言えない恥ずかしさと興奮が入り混じる。彼女が、内面までも見抜いているような感覚に、胸が高鳴った。

Linの指が画面を滑らせ、次々と写真を見せていく間、心臓は静かに早くなり、体の中心がじんわりと熱くなるのを感じた。下腹部がじわっと温かくなり、まるで彼女に心も体もすべてを見透かされたような感覚に襲われる。この感覚に抗うこともできず、ただLinに引き寄せられている自分を認めるしかなかった。

LinがiPadの画面を見つめながら、写真を次々と見せてくれるその横顔に、目が釘付けになる。整えられたショートカットの髪が、夜風にそっと揺れている。その髪の動きに合わせて、彼女の顔が一瞬だけ柔らかく影を作り、さらにその美しさを際立たせる。ナチュラルなメイクが施された顔は、飾り気がなくても凛としていて、どこか涼しげな印象を与える。彼女の肌は、夜の照明に照らされてなお、健康的な輝きを放っていた。視線を少しずつ下に移すと、服の上からでも隠し切れない大きな胸のラインが目に入る。それは決して強調されるものではなく、むしろ自然体でありながらも、女性らしさを強く感じさせる。彼女の引き締まった腰と、長い手足は、美しくバランスが取れている。服装自体はシンプルでカジュアルだが、その姿勢や所作には、どこか洗練された女性らしさが滲み出ていた。

何よりも印象的なのは、彼女の内面から放たれる魅力だ。Linの動きは全てが自然でありながらも、彼女が自分の美しさに対して無意識であるように見えた。そんな余裕のある振る舞いに、目が離せなくなる。隣に座っているだけで、彼女の柔らかい香りがほのかに漂い、さらに心を落ち着かせてくれる。どこかフレッシュで清潔感のある香りが、Linのナチュラルな魅力を一層引き立てていた。iPadを操作する彼女の指先までもが、しなやかで美しく、まるでその全てが計算された動作のように感じられる。Linの持つ静かな自信とその美しさに、ただただ見惚れてしまう。

Linがふと顔を上げ、「明日の予定は?」と尋ねてきた。その一言に、心の中で動揺が走った。明日は確かに予定がない。週末の日曜に帰国の便を手配しているが、それまで特に何も決めていない。一瞬、どう答えるべきか迷った。「仕事」と言うのは簡単だが、Linに対して誤魔化しや嘘をつくようなことはできない。彼女には、そんなことはきっと通用しないだろう。少しの沈黙の後、「何も」と静かに答えた。言葉にしてしまうと、自分がどうにでもなってしまいそうで怖かった。Linが次に何を言うのか、どこかに誘ってくれるのだろうかと、期待が胸の奥で静かに膨らむ。しかし同時に、彼女との距離を保つべきだという感情が入り混じる。Linと一緒に過ごす時間が心地よすぎて、もう離れたくないという気持ちが抑えられなくなっている自分がいる。帰国の便までの時間を、ずっと彼女と一緒に過ごせたら…。そんな気持ちがふと胸の奥で膨らみ、抑えようとしても簡単には追い払えない。でも、今ここでその想いを表に出すわけにはいかない。そっとワイングラスを手に取り、その気持ちをどうにか胸の奥に押し込める。

Linがどんな反応を示すのか、次の言葉を待ちながら、心の中で静かに自分と向き合う時間が続いていた。

「明日は撮影でビーチに行くの。あなたも一緒にどう?」と、Linが何気ない口調で言った。Linのその言葉に、心臓が高鳴り、身体中に緊張が走る。「バスで2時間ほどの距離、日帰りでもいいし、1泊してもいい」、とLinは続けた。その提案がどこか普通ではないように感じられ、心の中に大きな波が立った。「きっと気に入ると思うよ」と微笑むLinを見つめながら、自分の気持ちをどう処理すればいいのか分からなかった。彼女は、ただバンコクでひとり持て余す時間を気遣ってくれているのだろうか?それとも、もっと一緒にいたいという気持ちを察して誘ってくれているのだろうか?その真意がわからず、内心は混乱していた。心臓が早くなり、背中にじんわりと汗が伝うのを感じた。彼女の言葉の意図を探ろうとするが、頭の中は疑問でいっぱいだ。Linの表情は穏やかな微笑みを浮かべているだけだが、その微笑みがかえって不安を煽る。

一緒に過ごす時間を想像すると、心の奥で何かが静かに波立つ。その波を抑え込もうとするものの、Linの魅力に引き寄せられている自分がいた。彼女の提案に「ぜひ」と答えるしかない。

2時間ほど経っただろうか。時間の感覚はすっかり麻痺していたが、食事も終わり、お会計をすませた。Linが微笑みながら「少し歩きましょう」と言った。夜のチャオプラヤ川沿いを歩くという提案が、これからの時間に何か特別な意味を持つように感じられて、頷いた。通りから離れると、車やバイクの音は遠くにぼんやりと聞こえる程度になった。肩を並べて歩く道は、静かすぎるわけではなく、心地よい夜風が頬を撫でていく。川の向こうに光っている建物は、ワットアルンだろうか?夜の照明に包まれているが、確信は持てなかった。

隣を歩くLinは、少し酔っているようにも見えるけれど、足取りは軽やかでリズムがある。彼女の自然体の振る舞いに、こちらもリラックスして歩を進めていた。ふいに彼女が「明日8時に迎えに行くわ」とさらりと言った。瞬間、心が跳ねる。

「水着は持ってきた?」と続けて尋ねられ、その言葉に、さらに心拍数が上がるのを感じた。彼女の誘いが軽やかでありながら、どこか特別な響きを持っているように感じられて、言葉に詰まった。

「ビーチやプールに行くつもりはなかったから、水着は持ってきていないの」と伝えると、Linは「いいわ、現地で買いましょう」と返事をした。その返答があまりにも軽やかで、まるで些細な問題のように受け流されてしまったことに、少し安堵したものの、心の中に新たな緊張が広がった。Linの水着姿を想像してしまい、自分の身体との違いが頭の中で鮮明に浮かんできた。Linの引き締まった体、自然な美しさ、健康的な輝きが脳裏をよぎる。

彼女は何も努力しなくても、その美しさを持ち合わせているように見えた。一方で、自分は常に身体を鍛え、少しでも完璧に見せようと努力してきた。それでも、どこかコンプレックスを抱え続けていた。胸の小ささが、今さらながら気になり始め、彼女と一緒にビーチにいる自分の姿を想像すると、不安が胸を締め付けた。ずっと自信を持っていたはずの体が、Linの存在の前では薄れてしまいそうだった。彼女は自然体で、そして私とは全く違う。自分の中で比べてしまう気持ちが抑えきれず、不安がじわじわと広がっていく。

タクシーを拾い、ホテルまでの道を二人で静かに過ごした。夜のバンコクの街並みが窓の外を流れていく中、心もっと一緒にいたいという気持ちが強くなる。タクシーの中で彼女の横顔を盗み見るたび、頭の中では「部屋に誘ったらどうなるだろう」と考えた。ホテルに着くと、少し言葉が詰まった。誘いたい。でも、その勇気がどうしても湧いてこない。自分の中にある迷いや不安が、大きな壁となって立ちはだかっているのを感じた。彼女はどこか一歩先を進んでいるように見える。それがさらに私を躊躇させたのだろうか。結局、口にすることができず、「ありがとう。また明日ね」とだけ言って笑顔を返すのが精一杯だった。彼女の笑顔を見送った瞬間、胸の中に少しの後悔が押し寄せてきたけれど、これが今の私にできる限界だった。

部屋に戻り、明日の準備を始めた。けれど、心の中は少し落ち着かない。海…いつ以来だろう?思い返しても、最後にビーチに行った記憶が遠く霞んでいる。Linは泊まると言っていたのか、それとも日帰りの予定だったのか、肝心なところを確認し忘れていたことに気づき、軽い焦りが胸を締めつけた。こんな大切なことを聞き逃すなんて、どれだけ彼女との時間に夢中になっていたのかと自分に苦笑いする。それでも、とりあえず2日分の用意をしておくことに決めた。Tシャツを2枚、下着をセットでバッグに入れながら、頭の中ではLinとのビーチでの時間が浮かんでは消える。短パンを手に取ると、さっき想像したLinの水着姿がまた頭に蘇る。自分との違いに不安を感じつつも、彼女の隣で過ごすことへの期待が、再び胸の奥で静かに膨らんでいく。

ランドリーから戻ってきたワンピースに目を止め、そっと手に取った。海辺の風景にぴったりな軽やかな素材が、夜風に揺れるイメージが浮かぶ。バッグに詰めながらも、もし1泊するなら、どんな風に彼女と過ごすんだろうと考えずにはいられない。心の中で期待と不安が入り混じり、明日がどんな一日になるのか、想像がつかない。でも、Linと一緒に過ごすという事実だけで、そのすべてが特別なものになるような気がした。

シャワーを浴びると、いつもより入念に自分の体をチェックしていることに気づいた。最初は何気ない仕草だったが、ふと「ヒジや膝、ガサガサしてないかな?」と不安がよぎる。手でそっと触れてみて、大丈夫か確認する。続いて、鏡に映る背中を確認してみる。背中のニキビ、大丈夫だろうか?ムダ毛はどうだろう?あらゆるところを気にしながら、気づけば頭の中は外見のことでいっぱいになっていた。自分の体を触れるたびに、何か気になる部分が見つかってしまう。完璧でなければならないという無言のプレッシャーが、自分を押し込めているような気がした。そして、ふと、そんな自分に少しがっかりした。「なぜこんなに外見ばかりを気にしているんだろう?」完璧を目指すことで、何かを失っているような気がして、シャワーの水が流れ落ちる中で少し立ち止まり、静かにため息をついた。

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